「……立派なベッドだし、シーツとかもきっと高級な物に決まってるし、汚したら申し訳ないと思うと眠れなくて……」
私の答えを聞いた尊さんは溜め息をつき、クシャクシャと私の髪を掻き回してきた。
「あのなぁ……、もうお前はこの家に住む事になるんだから。家具も何もかも自分の物だと思ってくれよ。汚したら洗えばいいんだし、気にするな。まずはゆっくり休む事を考えろ」
半ば呆れたように言われ、私は眉を下げる。
「朱里の遠慮がちなところは美徳だ。でも家族になる相手、自分の家になる場所にまで気を遣わなくていい」
「……はい」
小さく返事をすると、尊さんはマスク越しに私の額にキスをした。
「何も心配しなくていいから、ゆっくり寝てくれ」
彼は私の手をキュッと握り、その指先にもキスをする。
「最悪な時こそ、幸せな未来を想像して過ごすんだ。薬は飲んだし、あとは良くなっていくだけ。一週間もすれば仕事に戻れるし、復帰したあと二週間すれば北海道。どうだ? ワクワクするだろ」
「……ん」
コクンと頷くと、尊さんは私の両手を羽布団の中にしまい、頭をポンポンと撫でた。
「おやすみ。眠れなかったら俺の事でも考えてくれ」
「んふふ、もう」
尊さんと話すと、さっきより大分気持ちが落ち着いているのを自覚した。
(やっぱり凄いな、この人)
「……おやすみなさい」
小さな声で言うと、彼は微笑んで手を振ってくれる。
そして静かに部屋を出て、また書斎に向かった。
(尊さんのためにも、まず早く元気にならないと)
自分に言い聞かせたあと、私はまだ行った事のない北海道に思いを馳せ、ニヤァ……と笑ったのだった。
**
体が痛くてちょいちょい目が覚めたけれど、なんとか朝を迎えられた私は係長にメッセージを入れた。
尊さんに『休め』と言われたものの、いつもは係長に連絡しているから彼に話を通さなければならない。
尊さんが「今日は上村さん休みだから」って言ったら、皆「どうして部長が?」ってなるに決まってるし。
【おはようございます。上村です。すみません、インフルになってしまいまして、熱が四十度近くあるので、お休みさせてください】
するとすぐに既読がついて返事がきた。
【分かった。ゆっくり休めよ。俺も以前にインフルになった時、部長が『一週間は休め』って言ってくれたから、心身共に気楽に休養できたんだよな。課長は文句言うだろうけど、うまく言っとくから大丈夫。お大事に。完治したらバレンタインチョコ楽しみにしてる!】
(あはは……)
休めて安心したものの、やっぱりチョコ諦めてないのか……と、乾いた笑いが漏れる。
その時、廊下の奥から物音が聞こえ、私はノロノロと起き上がるとお手洗いに行ってからリビングに向かった。
「おはようございます」
まだ掠れた声で挨拶をすると、ワイシャツにベスト姿の尊さんがキッチンに立っていた。
「おう、おはよ。熱はどうだ?」
彼はいつも通りピシッとした姿なのに、私はヨレヨレのパジャマ姿というのがアンバランスで情けない。
「まだ下がりきってないみたいです」
「そっか。お粥やスープを作ったから、食えるだけ食ってくれ」
尊さんはキッチンで自分用の普通のご飯を用意しつつも、私用の食事も作ってくれていたみたいだった。
「忙しいのにごめんなさい」
「いいって」
サラッと言って笑った尊さんは、今日も輝かんばかりに格好いい。
パジャマ姿の私がヨボヨボしている分、彼の爽やかさがいっそう際立っているように思える。
「寒気は?」
「まだあります」
両腕で自分を抱くようにして答えると、尊さんは「ちょっと待ってくれ」と言ってサッと廊下の向こうに消え、すぐにカーディガンを持って現れた。
「ちょっとでかいけど、温かさは保証する」
そう言って彼はローゲージの濃紺のカーディガンを私に羽織らせ、袖を通して着せるとボタンを留めてくれた。
メンズのビッグシルエットカーディガンは、私が着るとブカブカだ。
けれど空気を含むのと毛糸の質がいいからか、一枚羽織っただけでとても温かくなった。
コメント
2件
( ゚ー゚)ウ ( 。_。)ン らびちゃん💕 そーゆーとこ!😍💕だよね(σ•̀ᴗ•́)σ
どこまでいいオトコなんだ〜🤩 決してしてやってるとかなく、サラッね😊 寒いといえば躊躇うことなく自分のカーディガンを持ってくる。こーゆーとこ!!!😍