小峠Side
俺の名前は小峠華太。天羽組の極道だ。俺には兄がいる。それは『日本刀の和中』と恐れられている、天羽組の狂人、和中蒼一郎だ。
和中の兄貴、なんて組内では言っているが本当に実の兄なんて笑える話だ。そもそも、顔が似ていない事もあって中々兄弟と気づかれにくい。俺達の父親は紅い瞳に黒髪。母親は蒼い瞳に金髪。そのどちらもの特徴を極端かつ正反対なまでに受け継いだ俺達は、ほとんど共通する点が無かった。加えて、俺には戦闘は向いていないくせに兄さんは戦闘スキルが高い。その他にも兄さんは俺より優れる部分を多く持っていた。それが原因で俺は家族内でも兄さんより下に見られ、比べられた。そのせいか、俺は未だに兄さんに遠慮している。そして、少しばかり嫌いでもある。それを嫉妬というのだろうが、俺にはやはり難しかった。
和中Side
俺には弟がいる。それが、俺と同じく天羽組に籍を置いている小峠華太だ。俺と華太は極端なまでに似ていない。外見も、性格も。昔の華太は本当に表情がよく変わる子であった。悲しければ泣き、嬉しい時は目を細めて笑う。怒っている時は頬を膨らませ、楽しい時は瞳が更に輝く。喜怒哀楽のはっきりした等身大の子供という印象だった。しかし、今はそんな華太の面影が感じられない。その理由は、俺と比べられていたからだと思っている。俺の生家は、剣術に長けた名門一族。かといって俺も華太も剣術に対する才能は持ち合わせていなかった。だが、俺は必死に努力すればするほど、少しずつだが実力が上がった。何かと、努力が実を結ぶ方ではあったのかもしれない。しかし華太は、剣術に見向きもしなかった。挑戦する前から、諦めてしまうようになった。もうその頃には、表情もほとんど変わらなくなっていた。
俺は、そんな華太を見兼ねて言ったのだ。
『努力すればいつか報われるはずだよ』と。
返ってきたのは、何の感情も滲んでいない淡々とした言葉。
『保証ないじゃん』
俺はその言葉に酷く驚いた。だが、それより哀しさが上回りながらこみ上げた。年端のいかぬ子供が、努力というものを純粋に信じられず、がむしゃらに突っ走ることができないこと。それを突き付けられた事がどうしようもなく苦しかった。それから暫くし、俺達の両親が離婚した事で会う機会も減っていった。
偶然天羽組で再会したが、やはり俺達兄弟の溝は深まっていくばかり。
だから、内心驚きはしたのだ。天羽組の事務所で、華太が声を掛けてきた時は。
天羽組事務所の渡り廊下。冬に近づきつつあるこの季節では、空がより高くより澄んでいた。
渡り廊下を歩いている和中の背後から声を掛ける者がいた。
『兄さん。』
その声に和中は驚き、振り返る。声の主は、小峠華太。小峠は困ったように眉を顰め、苦笑いする。
小『驚いた?』
小峠の言葉に、我に返った和中が反応する。
和『いや…驚きはしていない。』
小『そっか。』
暫くの間、沈黙が続く。ただでさえ、二人きりで話すのは久々であっただけに、隔たりがあったのだ。
ふと、小峠が口を開いた。
小『俺、ずっと兄さんに言おうと思ってたんだけど…中々そういう機会とか無かったし、先延ばしにしてたことがあって…』
和『………何だ?』
和中は思わず身構える。次に聞く言葉がどのような言葉なのか想像もつかないといった様であった。
小『昔、兄さんが言ってた事。努力したら報われるって…あれさ…』
和『………』
小峠はにっこりと笑った。
小『本当なんだね。』
和『え?』
小『どうかした?』
和『いや…嘘だと言われると思っていた…』
小『……俺には嘘だよ。だって、努力しても全然駄目だし。でも、兄さんには本当みたいだから。』
小峠は優しく微笑む。
小『兄さん、努力したんでしょ?だから、この場に居る。じゃあ、嘘では無いって思う。それだけ。』
小峠の言葉には飾り気が無かった。ひたすらに、自分が見たものだけを信じる姿がそこには在った。小峠は言葉を続ける。
小『過去のわだかまりは解けたことだし、また昔みたいに話してみたい。今みたいに遠慮し合うのではなくて、本気でぶつかり合いたい。』
その言葉に、和中は微笑んだ。昔、弟に向けていたものと同じ笑顔。彼は言葉を発する。
和『…あぁ。』
遠慮し合う必要は無かったのだ。ただ、兄弟という事実だけが残ったこの2人の関係性は今の今まで微弱なものだった。しかし、想いは残っていたのだ。楽しそうに談笑する2人の姿は、隔たりが無かった子供時代の彼等を切り抜いたような特別なものであった。空は、まだ高く澄んでいた。
コメント
2件
どうしたら兄弟どちらもHSに… しかも、同じ組に入ることになるのかちょっと考えちゃいますよね… 再会できたから…全て良しなのかな…
和中の兄貴と小峠の兄貴兄弟再会出来て最高です