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紆余曲折の末にたどり着いた冒険ギルドの前で、私は深々と溜め息を吐いた。
「やっと着けましたよ……」
よろり、と思わず擬音をつけるくらいには疲れた。
『それほど疲れたのなら、冒険者ギルドは明日にしても良いのじゃぞ?』
心配で仕方ないといった声音が頭の中にじんわりと染み込んでくる。
『うん。私も今日ばかりは過保護系彩絲の意見に賛成かなぁ』
腕輪から骨伝導的に流れ込んでいる気がする声もやはり労わりに満ちていた。
その心根は大変嬉しい。
とても有り難い。
だがしかし。
声を大にしては言えないが、君たち二人のお蔭で疲労困憊なのだよ!
私の気持ちを読む件に関しては緊急時以外止めてもらったのは、守護獣屋から出て百メートルほど歩いた頃だったろうか。
二人は大変っつ!
過保護だった……。
夫が心配させてくれない守護相手だった反動かもしれない、と考えてみたりもする。
まず、初めに洋服だった。
止める前に読まれていた、向こうの世界の服を大切にしたい! という気持ちを汲んだ二人に先導されて、洋服屋へ向かおうとしたのは良かったのだが。
二人の意見が食い違っていた。
女性らしく……というのは一緒なのだが、所謂系統違いといえば分かるだろうか?
腐女子のカップリング違いを考えるのが一番近いかもしれない。
結果。
私は、頭と腕をそれぞれ反対側に引っ張られて悲鳴を上げる羽目になってしまったのだ。
どんな日本昔話?
世界寓話だ?
傍から見ればさぞ不可思議な状況だっただろう。
アクセサリーに擬態している二人の姿は見えないのだ。
一人芝居をしているようにしか見えない。
現に何人かには、可哀相なモノを見る目で眇められた。
それでも不審者として通報されなかっただけ有り難い。
冒険者ギルドのスタンスを考えるに、あまり状況がよろしくなかったから、この程度の不審者ならむしろスルーなのかもしれない。
仕事でもなければ、怪しい人間と関わりたくないのは勿論私も同じだ。
日替わりでそれぞれの服を着る旨を約束し、不公平が出ないようにと、先に選んだ服は明後日、後に選んだ服は今日と明日に着るようにした。
未だ嘗てここまで相手の気持ちを慮って神経をすり減らした経験はないかもしれない。
夫相手の場合は、やりたくて仕方なかったので、負担には思わなかったから余計だ。
それでも先に雪華の選んだ店でトータルコーディネイト一週間分ほどの服や小物を購入し、続いて彩絲の選んだ店でこれまたトータルコーディネイト一週間分ほどの服と小物を購入した。
試着室で着替えた服装は下記な感じ。
全体に繊細な刺繍が施されたホルターネックの、紅色をしたロングチャイナドレス。
ロングチャイナドレス。
スリットは太腿から入ってます。
紐パンツじゃないと下着が丸見えます。
初めて着ました。
ローブを着なさい!
薄手で良いから!
と夫の叫びが聞こえたので、その旨を伝えたら、彩絲は渋々納得して、中身の透けない全体に精緻な刺繍が施された極々薄手のローブを選んでくれました。
アクセサリーは彩絲の指示通りに偽装して紅翡翠で統一。
高価な希少魔法石として知れた石なので、牽制にもなるとのこと。
指に沿った細めだけど大きな紅翡翠の、とろりとした色味は美しく、我ながら上手く再現できたと自画自賛してみたりもしましたとさ。
靴は編み上げのブーツ。
魔法がかかっていて着脱が一瞬じゃなかったら、躊躇したと思う今日この頃。
可愛らしいデザインですが、チャイナドレスとの相性は意外と良かったです。
靴紐までが希少獣・緋色蜥蜴の皮で作られているとのこと。
ゴスロリチャイナ系も良いですねぇ~という、夫の呟きになるほどと頷きました。
『この格好で入れば冒険者ギルドのメンバーを全員魅了できるのじゃがのう』
勿体ないと、彩絲が囁くも。
『そうは言うけど、彩絲。御方の意見に逆らえるの?』
雪華がしみじみ口調で否定する。
『せっかくアリッサ様の守護獣の座を確保できたのじゃ。そんな勿体真似はせぬぞ。ただ、ほれ……勿体ないなぁと思うだけじゃ』
『私の選んだ服も、ローブ必須だろうなぁ。一応それっぽいロングケープは買っておいたけどさ』
雪華が選んだのは、ミニ丈のゴスロリフェミニン系。
間違いなくローブ必須だ。
重厚そうな扉は意外にも簡単に押せた。
開け放たれた途端に無遠慮に刺さる数多の視線。
まるっと無視するのは鍛えられているので難しくもない。
『呑まれないとは! さすがじゃのぅ』
『ローブは頭まで被せておいた方が無難だったかも?』
フードを被りっぱなしだと相手に失礼な気がしないでもなく、必要最低限の礼節は守った方が問題ないと思ったのだが、異世界で向こうの良識は意味のないものかもしれない。
『……右端の受付へ行くべし。愛想はない分、登録は素早そうじゃからの』
了解! と頭の中で返事をして足を向ける。
汗臭く髭モジャの男が立ちはだかったかと思ったら、派手にすっ転んだ挙げ句に壁まで転がっていった。
『汗臭いのも限度があると思うのよ!』
雪華が何かしたらしい。
「おい! お前何をやって? うおうふっ!」
頭部以外を然程高くなさそうな鎧で身を固めた男が胸倉を掴もうとして、一回転した。
柔道の一本背負い的な感じだった。
『鎧と同じで品のない……この場合は、アリッサ様に詫びが先のはずじゃがなぁ』
今度は彩絲。
魔法ではなくスキルな気がする。
乞えば喜んで教えてくれそうだが、今やるべき案件は登録だけだ。
「登録をお願いします」
「……はい。初めてで、よろしいですね?」
「ええ」
「それでは、登録料として初めに、1000ギルいただきます」
随分高いなぁ。
あちこちで買い物をしてきたので、何となくではあるがこの世界の金銭価値を理解している。
安価な野菜は一山1ギル。
高価な衣装で10ギル。
宝飾品や守護獣で100ギル。
1000ギルといえば、小さな家が買える気がする。
ちなみに貨幣単位は下記な感じ。
1ギル 1鉛貨
10ギル 1鉄貨
100ギル 1銅貨
1000ギル 1銀貨
10000ギル 1金貨
1000000ギル 1水晶貨
1円十枚で、10円のノリで、1鉛貨十枚で、1鉄貨。
1金貨までは、日本と一緒なので大変覚えやすい。
貨幣価値は大分違うので気をつけねばいけないところだ。
少量欲しいときなどは物々交換も普通だというしね。
そっと覗いたアイテムボックスの中には、水晶貨も数え切れぬほどあった。
何に使えというのか。
「あ! すみません。こちらを見ていただけますか?」
大切な一件を忘れていた。
私はリゼットから預かったギルドカードを提示する。
「リゼット・バローの推薦だと告げるように言われ……」
ギルドカードが素早くひったくられる。
「ギルドマスター!」
嫌な流れで最高権力者を呼ばれてしまった。
「……人の物を勝手に取り上げないでほしいのですが?」
「ですが、これは! 人に預けるような代物ではっ!」
「人の、物を、勝手に、取り上げないで、欲しいのですが?」
語調を強めて再度問いかける。
ギルド内の空気がピンと張りつめた。
誰とも知らぬ生唾を飲み込む音までもが聞こえる。
「威圧は止めてくれませんか?」
「人から預かっている大切な物ですので、返していただければ止めます」
「ですが、これは……」
現れたのは銀髪の見事な細見長身の女性。
耳が長いのでエルフなのかもしれない。
せっかくのエルフだが、いろいろ残念だ。
これが、ギルドマスターだというのならば尚更に。
こちらの事情も聴かずに要求を通そうとする浅はかさに腹が立ち、無意識に威圧が強まっていく。
背後でばたばたと人が倒れる音がする。
ギルドカードを取り上げた受付嬢も昏倒した。
「リゼットさんに急ぎ連絡を取っていただければ、それが私に託された物で、冒険者登録を問題なくすませるためだけに貸し出した物だとお分かりいただけるのですが? と、言うか? あの、リゼットさんですから、既にこちらへ伝達されていると思われますけれど?」
私の言葉に顔面蒼白となったギルドマスターは、大慌てで奥に引っ込んだ。
待つこと、数分。
ギルドマスターが一通の手紙を握り締めて、現れる。
「誠に申し訳ありませんでした。連絡がきておりました。まずは、カードをお返しいたします」
頭を下げられて、カードが手渡される。
ここまで醜態を晒して、まさか言葉の謝罪だけで済ませるわけがないと思うが、念の為に威圧はそのままにしておく。
「手続きをさせていただきますので、別室へ」
「ここで結構です」
「ですが、説明もございますし」
「不要です。それが正しい説明という保証もございませんし? 他の初心者同様に、即時手続きをしていただきたい」
「詫びも……」
「言葉の謝罪など無意味でしょう?」
どこまでも自己都合で話を進めようとする。
世間的に考えればこれが一般的な対応なのかもしれないが、私には面倒なだけだ。
「如何な対価をお支払いすればよろしいのでしょうか?」
「それは私が決めるべきことではありませんね」
『さすがは、御方の妻じゃな』
『本気になった交渉スキルは、私たちより上よね!』
二人が楽しそうに語り合っている。
私も無駄な会話を止めて二人とほのぼの女子トークをしたい。
「それ、では……ギルドからの慰謝料としてまずは登録料を無料とさせていただきます。また、ギルドは冒険者同士のトラブルには本来、一切関与いたしませんが、慰謝料の一環として介入させていただきます。二人からの慰謝料をギルドが肩代わりいたしまして、それぞれ1000ギル。合計3000ギルを慰謝料としてお支払いいたします」
妥当なところかなぁ。
謝意の籠もっていない言葉での謝罪なんて意味ないしね。
お金には不自由していないけど、あるのに越したこともない。
自分で稼いだお金で世界を堪能するのもありでしょう。
私が思案している最中もギルドマスターの言葉は続く。
「ギルド職員の無礼な態度に関しましては、給与三ヶ月分相当300ギルを支払わせます」
駄目ギルドの割には頑張った方かな?
暴れた冒険者もギルド職員も昏倒中なので、余計な突っ込みが入らないのもポイントが高い。
ちょっと反応を見てみたい下世話な気持ちもないじゃないけどね。
「冒険者同士のトラブルによる、ギルドの所有する持ち物への賠償は、折半が鉄則ですが、こちらも二名の冒険者に負担させます」
これは嬉しいか。
備品も壁も壊しているから、それなりの賠償になるだろうし。
請求されたら断固として正当防衛で逃げ切るつもりだったけどさ。
「また、ギルドマスターとして部下の躾ができていなかったことを伏してお詫びいたします」
ギルドマスターは私の前で丁寧な土下座をした。
プライドの高いエルフにとっては屈辱以外の何ものでもないはずだ。
もしかしたら、長い人生初の土下座かもしれない。
私にとって土下座は何の価値もないものだけれど、相手の価値観を否定する気はないし、場合によっては尊重もする。
「個人資産からも、500ギルお支払いいたします」
これは意外だった。
土下座だけで十分慰謝料に値すると考えているだろうなぁ、と思っていたのだ。
マイナスだった感情がプラマイゼロになった。
勿論ギルド長に対してだけ。
「謝罪をお受けします。リゼットさんにもギルドマスターからの謝罪を受け取った旨を伝えておきます」
「! ありがとうございますっ!」
リゼットぐらいの冒険者を敵に回すのは得策ではないだろう。
王族にも関与できる実力以外の、他者では持ちえない力をリゼットは持っている。
王の乳母とは、そういう立場だ。
「こちらがギルドカード。こちらは慰謝料になります」
仕事が速い。
まぁ、王都一の冒険ギルドらしいから、それぐらいは当たり前なのかもしれないが。
黒子のように気配を消していた職員がカウンターへ、丁寧な仕草でカードとお金が入っているらしい小さな袋を置いた。
「カードは一番下の冒険者ランクを示す、木のカードです。説明不要ということでしたので、詳細が書かれました冊子をお持ちください。また慰謝料等全てを合計いたしまして3800ギルをお渡しいたします……銀貨3枚、銅貨8枚になります。また、初心者向け冒険キットも合わせてお持ちください」
おぉ!
頼まなくても出てきた。
説明冊子は普通なら渡さないのかしら?
まぁ、渡しても読まなそうな人が多い気もするので、無理からぬ選択かもしれない。
「依頼は如何いたしますか?」
「今日は止めておきます」
さすがに今日は疲れたので、休みたい。
それに依頼は違うギルドで受けたいんだよなぁ。
今の王都には長居したくないし。
王様の目が覚めた頃なら、永住もありかも? と思う程度に、いろいろ充実しているけどね。
「分かりました。またのお越しをお待ちしております」
うぉふ。
びっくりのVIP待遇。
ギルドマスター筆頭に、職員たち全員に深々と頭を下げられた。
頭が上がらないうちに早々と退散をする。
他の冒険者たちも目線を合わせないように避けて出口までの道を譲ってくれた。
『お疲れじゃったのぅ』
『後で見に来ようかなぁ……ちょっと気になるな、この後』
「はは。私もそう思った。ミニ蛇で潜伏してもらって、様子を教えてほしいかな?」
『任せてー』
『でも、その前に宿決めじゃな』
「そうだね。主人のお勧めマップを見てみるよ。あ! その前にっと」
クエスト画面を開く。
*冒険者登録をしましょう。をクリアしました。
お。
新しいクエストは発生しなかったようだ。
代わりに
*初めての異世界お泊まり。
お勧め宿マップを参照のこと。
が最優先になっている。
夫のコメントは以下の通りだった。
テンプレは堪能できましたか?
彩絲と雪華が交渉に口を出さなかったのは意外です。
既に貴女を主と認めているんでしょうね。
さすがは、私の自慢の妻です!
チャイナゴスロリも良いですが、ミリタリーゴスロリも良いと、二人に伝えておいてください。
私の意見はないんでしょうか?
まぁ、可愛い服で機動性が良ければ特に拘りはないですけれども。
『御方からの言葉かの?』
『ふふっ。凄く嬉しそうだものね』
雪華の言葉に照れながら私は、お勧め宿マップを展開した。