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宮毘羅
20
会議が終わった、その日の夜――
リガルド帝国、イヤミル専用飛空艇ヴァンデッタ内にて。
最大搭乗員数約400人、2基のプロペラと上部の細長い流線型の気嚢によって空中を飛行する。
黒鋼で覆われた船体には、リガルドの象徴たる竜の国旗が威圧的に掲げられていた。
一流ホテルのスイートを思わせる豪奢な私室に戻ったイヤミルは、先ほどの会議に苛立ちを募らせていた。
「全く、世界の支配者が誰かわかっていない連中と会話するのは疲れる。どいつもこいつもバカばかりだ!」
その傍らで控えるのは、彼の側近である騎士リリア。傍若無人な振る舞いを見せる主君に、彼女は内心で強い不安を抱いていた。
「王子、先程の会議ですが、もう少し他国に寄り添った――」
「うるさい! お前に何がわかる! 俺には実績が必要なんだ」
リリアは気づいていた。ここ数年、第三王子のラウルが次々と手柄を立て、民と騎士からの信望を集めていることを。
その事実が、イヤミルにとってどれほどの焦燥をもたらしているかも。
彼は今、とにかく逆転を狙えるような大きな手柄を、喉から手が出るほどに欲していた。
「王子、無茶をして大召喚を行うよりも一年ほど前線砦へと出向し、そこで指揮官経験を積みましょう。ラウル王子はそれを15の歳でやっています」
「ふざけるなよ、今更一年もお飾り指揮官なんてできるか! その間に父上の体調が崩れて、王位継承争いが始まったらどうするつもりだ! さ、最悪成人していない俺を抜いて、兄上とラウルで王位を取り合うかもしれないんだぞ!」
「しかし手柄ばかり追い求めて、他国の感情を逆なでし続けています。こちらが大召喚を用いれば、他国も強力な魔術や装備で武装します」
「だからなんだ? 牙を剥く弱小国など捻り潰せば良いだけだろ」
「大体大召喚自体も、古代の文献だよりで本当に闘神が呼び出せるのかもわからないのですよ」
「わからないじゃなくて呼び出すんだ! オメガを召喚すれば、父上もきっと俺を認めてくださる」
「トリスタンが言っていた、エーテル問題も深刻ですし……そもそもエーテル炉を本国から運び出すというのも無茶が」
イヤミルは、机を激しく叩く。
「お前は誰の味方なのだ!? 俺の要望を叶えるのが貴様ら騎士の役目だろう!」
リリアは苦い表情を浮かべつつも、何も言えなくなってしまう。
すると、扉を開き伝令の騎士が現われる。
「イヤミル様、本国よりお手紙です」
「寄越せ。ようやくエーテル炉移動の許可が降りたか」
本国に申請していたエーテル炉の使用許可が降りたのだと思い、ふんだくるように手紙を受け取る。
しかし内容に目を通すと、それはイヤミルの期待した内容ではなかった。
「……ふざけるなよ……なぜ俺が交代なのだ」
軍本部から届いた指示書には、黒竜対策の担当をイヤミルからラウルへ変更する旨が記されていた。
理由の記載はなく、彼が立案していた“エーテル炉移動計画”も却下すると、冷たく一文添えられているだけだった。
「なんでなんだよ! なぜ俺じゃなくてラウルなんだ!」
「王子。黒竜が現れてから、すでに数週間が経過しています。その間、目立った策を講じぬまま被害は拡大し続け、加えて……理由も明かさずエーテル炉の提供を求めるなど、無理があります」
リリアは冷静に現実を告げたが、イヤミルの耳には届かない。彼は頭をかきむしりながら、荒れ狂うように叫ぶ。
「ぐぐぐ、騎士団内で俺を裏切り、ラウルに鞍替えした奴がいるな……。いや、まさか、俺を恐れた兄上の陰謀……?」
その言葉に、リリアも伝令の騎士も、思わず顔をしかめた。
(これはもうダメかもしれない……)
そんな苦い表情が、ふたりの間に走る。
「イヤミル様……申し上げにくいですが、今のあなたを恐れる理由はありません」
「本当に失礼な奴だな! どいつもこいつも俺をバカにしやがって!」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
どこからともなく現れた人影に、リリアは即座に剣を抜く。
そこに立っていたのは、ローブに身を包んだ女。
歳は二十代後半といったところか。灰色の髪が肩口で揺れ、ローブの隙間から覗くその服装は、まるで踊り子のように肌の露出が多い。たわわな胸元と、艶やかな曲線を強調するその姿は、サキュバスを思わせる妖艶さを放っていた。
そして何より印象的だったのは、紅く妖しく輝くその瞳だった。
「何者だ! なぜここにいる!」
リリアが鋭く問いかけると、女は敵意がないことを示すように、両手をひらひらと持ち上げて見せた。
「わたくしは、魔族国ゾルデムの使者、メドウと申します」
「ゾルデムだと?」
イヤミルの眉がピクリと動き、すぐにフンと鼻で笑う。
「魔族が勝手に“国”を名乗っているだけの存在か。そんな連中が、俺に何の用だ?」
「わたくしは、ぜひともイヤミル様にお力添えしたく……失礼ながら、この飛空艇に忍び込ませていただきました」
「力添え? ほう……」
「ええ。なんでも、大召喚を計画されているとか」
「……ッ、貴様、なぜそのことを知っている!」
リリアが剣を構えたまま前に出る。それをイヤミルが手で制した。
「……協力と口にするからには、何か具体的な手立てがあるのだろうな?」
「もちろんでございます」
そう言ってメドウは、袖口から真紅に輝く結晶を取り出す。
「こちらは【ブラッドストーン】と呼ばれる、高密度の魔力を内包したクリスタル。大召喚に必要なエネルギーを、確実に供給できるはずです」
彼女がクリスタルを差し出すと、リリアが前に出てそれを制止する。
「王子、おやめください。罠かもしれません」
「よい。俺を殺すつもりなら、とっくにやっているだろう」
忠告を無視して、イヤミルはクリスタルを手に取った。
その内部には、赤黒い炎のようなものが、ゆらゆらと揺れていた。
魔術に詳しくない彼でも、それが尋常ならざる力を宿していることは肌で感じ取れた。
「なんて力だ……リリア、これがあれば魔力炉がなくても召喚は可能ではないのか?」
リリアも手に取って石を観察し、その内部から湧き上がる魔力の量に驚愕する。
「な、なんという魔力……」
「大召喚に必要となる分は、すべてご提供いたします。これを使えば、大地のエーテルが枯渇する心配もありません」
それは、今イヤミルが直面しているすべての問題を解決できる、まさに夢のような魔石だった。
だが当然、それが無償であるはずがない。
「……見返りは何だ?」
「我々ゾルデムを“国家”として認め、リガルドと正式に同盟を結んでいただきたいのです」
「ほう……我が国の傘下に入りたいというわけか。バカな魔族にしては賢明な判断だ」
イヤミルは、まるで手下を得たかのような気分になり、満足げに頷いた。
「とはいえ、そう簡単に国と認めることはできん。だが俺について来るならば、いずれ認められる。なぜなら俺はリガルドの王になる男だからだ!」
「それは……とても頼もしいお言葉ですね」
メドウは妖しく微笑むと、そっと身を寄せ、イヤミルの胸元に豊満な胸を押し付けてきた。
「さすがイヤミル様……ゾルデムは、心より王子にお仕えいたします」
「おっほ♡ ……ウォッホン!」
思わず情けない声が漏れそうになるが、イヤミルは咳払いで誤魔化す。
「よいのですよ、王子……わたくしを好きにしていただいても。もともと、そのための使者でもありますので」
「……なかなか話のわかる魔族だな」
イヤミルの手がメドウの腰に伸び、徐々に下へと滑っていく。
あからさまなハニトラに見事引っかかりかけている王子を見て、リリアは慌てて口を挟んだ。
「王子、いけません! これは魔族との裏取引になります。だいたい、黒竜自体が彼らの手先かもしれないんですよ!」
リリアの警告に対し、メドウは口元を手で覆いながら、くくく……と不気味に笑った。
「我々とあの竜は、まったくの別派閥ですのよ。魔族という点では同じかもしれませんが……人間だって国ごとに考え方が違うでしょう? それと同じです。ゾルデムにとって、あの黒竜はむしろ目障りな存在なのです」
しなを作るように身を寄せながら、メドウは甘ったるい声で囁いた。
「ですから、王子……どうにかしていただけませんこと?」
その声音に、イヤミルは露骨に鼻息を荒くする。
「なるほど……よし、俺が大召喚であの黒竜を叩き潰してやる!」
「王子、鵜呑みにしてはいけません! それに、指揮権はすでにラウル様に移されているのです!」
「黙れ。奴が来る前に、さっさと片をつければいいだけの話だ」
イヤミルはメドウの方を向き、ふんぞり返るように言った。
「いいだろう、メドウ。お前の話に乗ってやっても構わん」
「ありがとうございます、王子……」
「王子!」
リリアがなおも止めようとするが、イヤミルは苛立ったように彼女を一喝する。
「黙れ! 何の役にも立たぬくせに、参謀ヅラをするな!」
そしてリリアと伝令の騎士を交互に睨みつける。
「リリア、それと……手紙を持ってきたお前。この話は他言無用だ。万が一、俺を裏切るようなことがあれば……どうなるか、わかってるな?」
二人は険しい表情のまま、しぶしぶ「畏まりました」と頭を下げるのだった。
コメント
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おお〜第88話、めっちゃ熱かったね!🔥 イヤミルの苛立ちと焦りがひしひし伝わってくる感じ、逆にラウル王子がどんどん株を上げてるのが気になる…(笑) そして魔族のメドウ登場で一気に怪しい空気に!ブラッドストーンって名前がもう危険な匂いプンプンやん😭💦 リリアの必死の制止も空しく王子がまんまとハニトラに引っかかりかけてるの見て「あーあ…」ってなったよ… でもめっちゃ続き気になる!魔族の真の狙いとか、ラウルとの対決とか、この後どうなるの!? ありんすさんの手腕が光るエピソードでした✨🫶