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#オリジナルストーリー
いなり
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#オリカンヒュ
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四月も終わりに近づく頃には、放課後の部室にも穏やかな空気が流れるようになっていた。
窓から差し込む夕日が机を橙色に染め、部屋の中にはキーボードを叩く音だけが静かに響いている。
カタ、カタ、カタ……。
その音の主は、部屋の一番奥に座るセトだった。
今日も一人、画面を見つめながら黙々と作業をしている。
ヴァルはその姿を見て、小さく笑った。
「相変わらず集中してるなぁ。」
返事はない。
聞こえていないのかと思ったが、数秒後。
「……聞こえてます。」
画面から目を離さないまま、小さな声だけが返ってくる。
「聞こえてたのかよ。」
「……はい。」
「じゃあ顔くらい見ろって。」
そう言うと、セトはゆっくりと顔を上げた。
本当に一瞬だけ。
そしてまた画面へ戻る。
「短っ。」
思わず笑う。
セトは首を傾げた。
「……?」
「いや、何でもない。」
この後輩は、本当に不思議だった。
話しかければ返事はしてくれる。
でも、自分から話しかけてくることはほとんどない。
それなのに、一緒にいて気まずさは感じない。
静かな部屋が、むしろ心地よかった。
ヴァルは椅子を引き、セトの隣へ座る。
「何作ってる?」
「……タイピング練習です。」
「また?」
「……。」
小さく頷く。
「飽きない?」
「……飽きません。」
「そっか。」
ヴァルは笑いながら自分のパソコンを開いた。
「じゃあ俺も何か作るか。」
それから数十分。
二人ともほとんど喋らなかった。
部室にはキーボードの音だけが響く。
カタ、カタ、カタ……。
カチッ。
マウスのクリック音。
風に揺れるカーテン。
そんな静かな時間が、ゆっくりと流れていく。
ヴァルはその空気が嫌いじゃなかった。
ふと隣を見る。
セトは相変わらず真剣な表情で画面を見つめている。
その横顔は、初めて会った日と何も変わらない。
けれど。
「セト。」
「……はい。」
前より返事が少し早くなった。
そんな小さな変化に、ヴァルは気付いていた。
「今日さ。」
「……はい。」
「帰りにコンビニ寄らない?」
セトは少しだけ考える。
画面を閉じ、パソコンの電源を落とした。
「……いいですよ。」
ヴァルは目を丸くする。
「え、即オッケー?」
「……。」
「嫌なら断っていいんだぞ?」
「……嫌じゃないので。」
その一言だけで、十分だった。
二人は部室を出る。
夕暮れの廊下は静かで、窓の外から運動部の声が遠く聞こえてくる。
校門を出て、並んで歩く。
話すことはほとんどない。
それでも不思議と気まずくない。
しばらく歩いて、コンビニへ入る。
ヴァルは新作のお菓子を見つけて嬉しそうに手に取った。
「これうまそう。」
セトはその横で、小さな紙パックの紅茶を一つだけ買い物かごへ入れる。
「それだけ?」
「……はい。」
「育ち盛りなんだからもっと食えって。」
「……そんなに食べません。」
「細いもんなぁ。」
ヴァルはパンを一つ手に取ると、そのままセトの前へ差し出した。
「これ。」
「……?」
「やる。」
セトは少し困ったように首を横へ振る。
「……大丈夫です。」
「またその『大丈夫』。」
ヴァルは笑いながらパンを押しつける。
「今は腹減ってなくても、帰ったら食うだろ?」
「……。」
セトはしばらくパンを見つめていた。
そして、小さく受け取る。
「……ありがとうございます。」
「よし。」
ヴァルは満足そうに笑った。
その帰り道。
夕焼けに照らされながら歩く二人の影は、少しだけ近付いていた。
まだ友達と呼ぶには早い。
けれど、もう他人ではない。
毎日少しずつ交わす短い会話。
放課後を一緒に過ごす静かな時間。
その積み重ねが、言葉にしなくても少しずつ二人の距離を縮めていた。
セトは歩きながら、ふと隣を見る。
楽しそうに他愛もない話を続けるヴァル。
その声を聞いているだけで、不思議と心が落ち着く。
――この人といる時間は、嫌じゃない。
その小さな気持ちは、まだ誰にも言わない。
言葉にするには少し照れくさくて、まだ早い気がしたから。
春の風だけが、静かに二人の間を通り過ぎていった。
コメント
1件
うん、すごく好きな空気感だった…🌙 ほとんど言葉を交わさないのに、気まずくないって、一番難しい関係性だと思う。 ヴァルがさりげなくパンを差し出すところ、セトが「嫌じゃないので」って言うところ、その一言がもう特別で。 まだ友達って呼べない距離が、確かに縮まってるのが伝わってきて、胸がじんわりしたよ。🖤