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朝靄がまだ道を覆うころ、
ルシアンとエリアスは
ひっそりと屋敷を発った。
空気はひんやり冷たく、
馬の吐息が白く揺れる。
「……イチは?」
エリアスが手綱を握りながら問う。
「起きていた」
ルシアンは短く答える。
「どうやら今夜も眠れていないらしい」
「……そうか」
エリアスは目を伏せた。
あの少女の無表情は、
かえって心の痛みを強く伝えてくる。
「お前、なにか言ったのか」
「『帰ってくる』とだけ」
「……それで十分だ」
ルシアンは返事をせず、
軽く馬の腹を蹴った。
――――
森を抜ける道は静かで、
鳥の声すらまだ眠っている。
しばらく沈黙が流れ、
エリアスが口を開いた。
「帝都では、
まず誰を当たる?」
「父の古い伝手だ」
ルシアンは低く答える。
「――エリオットがなぜ“討たれた”のか。
その理由を知る必要がある」
「討たれた、か」
エリアスが小さく鼻で笑う。
「……あいつを“ただ殺した”なら、
よほどの腕が必要だったはずだ」
ルシアンは黙って頷いた。
かつて――
誰よりも華奢な体をしながら、
誰より鋭い剣を振るった少年を
思い出していた。
病に蝕まれ、
長く戦えはしない。
だが、
短い刹那にすべてを込める
その剣は、美しかった。
「皇子殿下――レオファードですら、
彼の剣を警戒していた」
エリアスが続ける。
「“一撃を許せば落ちる”と
本気で言っていたからな」
ルシアンは苦笑する。
「あの殿下が、だ。
大げさに聞こえるが……
実際、俺もそう思っていた」
短く、胸が痛んだ。
――――
「……だからこそ、
妙なんだ」
ルシアンが呟く。
「森で……
抵抗した形跡はなかった」
エリアスが目を細める。
「本当に、あいつが
“剣を取らなかった”のか」
「分からない。
だが――
剣を奪われていた可能性もある」
ルシアンの声が低くなる。
「帝国が……
エリオットの剣を恐れたのなら」
「殺す前に封じた、か」
馬の足音だけが
静かに響く。
エリアスが言う。
「帝国兵が個人で動くことはない。
命令があったはずだ。
――誰かが
エリオットを『消したかった』」
「陛下の命か」
「まだ決めつけるな」
エリアスは首を振る。
「だが、
宰相・近衛、その上……
皇族が動いた可能性もある」
ルシアンは低く息を吐く。
「殿下が……
加担するとは思えない」
「むしろ、逆だな」
エリアスも頷く。
「殿下は……
エリオットの剣を信じていた。
“守るべき男”だとすら」
――
レオファードの言葉が
記憶に甦る。
――剣に殉じてもいいと思える奴は
この世にひとりしかいない。
そう言って笑った
皇子の横顔を
ルシアンは忘れられなかった。
「だが……
殿下が庇いきれなかった」
エリアスが静かに言う。
「それほど大きな力が
動いたということだ」
――――
帝都が近づき、
城壁が朝日を浴びて
ゆっくりと姿を現す。
巨大な門が
影を引きながらそびえ立つ。
ルシアンは
手綱を握りしめた。
「――必ず、
真実を掴む」
エリアスが
静かに頷く。
「それが……
エリオットのためにも
あの子のためにもなる」
二人の馬は
帝都へ続く石畳を踏みしめ、
朝の光の中へ消えていった。