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雲ひとつない快晴。
部長の別荘の庭では、肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
私は自宅から持参したエプロンを締め、野菜の下準備に追われていた。
「田中さん、手際いいね! さすが、高橋先輩が選ぶ子は違うなぁ」
「本当だ。この野菜の飾り切りとか、お店レベルじゃない?」
美佐子さんの嫌味を封じるために気合を入れた結果
思わぬところで若手男性社員たちから囲まれてしまった。
「あ、ありがとうございます…!でもそんなに大したことじゃ……」
「いやいや、今度料理教えてよ。ねえ?」
一人の後輩が、ひょいと私の顔を覗き込んできた。
その距離の近さにたじろいでいると、突然、背後からひんやりとした空気が流れてきた。
「悪いけど、うちの結衣は料理教室を開くほど暇じゃないんだ」
低く、有無を言わさない声。
振り返ると、トングを手にした高橋先輩が、笑っていない目で後輩を見下ろしていた。
「あ、高橋先輩! すみません、つい見惚れちゃって」
「ふふっ…ほら、火の番交代。あっちで肉焼いてきてくれる?」
先輩は後輩たちを半ば強引に追い払うと、私の隣にどさりと腰を下ろした。
「……先輩? 怖かったですよ、今の」
「そう…?」
先輩は本当に不思議そうな顔をして、私が切ったカボチャを網に乗せていく。
美佐子さんは遠くからその様子をじっと見ていたけれど
今の先輩は美佐子さんへのアピールというより、ただ純粋にイライラしているように見えた。
「…結衣。あまり他の男に愛想振りまかないでほしいな」
「え……?」
カボチャをひっくり返そうとした私の手が止まる。
「……演技、ですよね? 独占欲の強い彼氏っていう」
「……演技だったら、こんなに胸の奥がチリチリしないよ」
先輩はそう吐き捨てると、私の手からトングを奪い取り、自分の手と重ねた。
「熱いから。……危ないことは、全部俺がやるから」
先輩の体温が背中越しに伝わってくる。
周囲には大勢の人がいるのに
先輩の腕の中に閉じ込められたみたいで、世界に二人きりになったような錯覚に陥る。
「あの、先輩…みんな見てます……美佐子さんも……」
「いいよ、見られても。……むしろ、今の俺は誰に見られても止められない気がする」
先輩が私の耳元に顔を寄せた、その瞬間。
「ちょっと! 高橋君、肉が焦げてるわよ!!」
美佐子さんの悲鳴のような声が響き、私たちは弾かれたように離れた。
網の上では、さっきのカボチャが真っ黒に焦げ付いていた。
それはまるで、抑えきれずに溢れ出した先輩の本心のようだった。
#ワンナイトラブ
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