テラーノベル
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楽しかったバーベキューも終わり、ほろ酔いの社員たちは送迎バスに乗り込んでいった。
私と高橋先輩は、忘れ物チェックと戸締まりのために、最後に二人だけで別荘に残った。
「……静かになっちゃいましたね」
後片付けを終えたばかりの広いテラス。
夜風が火照った肌に心地よいけれど、隣に立つ先輩との間には
昼間とは違う、張り詰めたような沈黙が流れていた。
「そうだね」
先輩の声は、少し掠れていた。
街灯も届かないこの場所では、月明かりだけが私たちの影を淡く地面に落としている。
「あの……先輩。さっき、お肉を焼いてるとき……」
私は、どうしても聞かなければいけないと思っていた。
『演技だったら、こんなに胸の奥がチリチリしない』
あの言葉の真意を。
「……あれは、その。美佐子さんを信じ込ませるための、アドリブ……ですよね?」
聞かなければよかった。
嘘だと言われれば傷つくし、本当だと言われれば…
私はどうすればいいのか分からない。
先輩は柵に手をつき、遠くの夜景を見つめたまま、しばらく答えなかった。
やがて、深く、重い溜息をついて、ゆっくりと私の方を振り返った。
「……アドリブなら、どれだけ良かったか」
「えっ……?」
先輩が一歩、足を踏み出す。
私は逃げることもできず、背中がテラスの柱に当たった。
「美佐子さんを遠ざけたいのも、仕事がやりづらいのも、本当だよ。でも…あんなエレベーターの事故があって、震えてる君を抱きしめてから、俺の中の何かが壊れたんだ」
先輩の手が、私の頬にそっと触れる。
昼間の熱さとは違う、切ないほど優しい感触。
「偽装彼女なんていう卑怯な手を使って、君を隣に縛り付けてるのは俺だ。…『演技』だって言い訳して、名前を呼んで、抱きしめて……そうでもしなきゃ、君に嫌われるのが怖くて、触れることもできなかった」
「先輩……っ?」
「もう、嘘はつかない。……これは演技じゃない。美佐子さんのためでもない」
先輩の顔が近づいてくる。
月の光に照らされたその瞳には
今まで隠していた熱い情熱と、壊れそうなほどの不安が同居していた。
「……俺、本気で君のことが好きだよ」
重なる、唇。
エレベーターの暗闇で感じた、あの温もりよりもずっと熱いものが、私の体中を駆け巡った。
偽装恋人なんていう「嘘」が、本物の「恋」に溶けていく。
私たちは、どちらからともなく強く抱きしめ合った。
もう、誰も見ていない。
演技をする必要なんて、どこにもないのに。
唇を離したあと、私たちは長いこと目を見つめ合っていた。
言葉もなく、ただ互いの呼吸を感じながら。
夜空には満天の星が瞬いているのに、目の前の一人の男にだけ意識が集中してしまうのは不思議だった。
高橋先輩の腕の中で、自分の心臓が飛び出しそうなほど鼓動しているのがわかる。
だけど不思議と怖くなかった。
むしろ、これでようやく終わるんだという安堵感さえあった。
偽物の関係が真実へと変わる瞬間――その境目は、案外静かにやってきた。
「結衣……」
名前を呼ばれると同時に背中に回されていた手に力がこもる。
逃げられないくらい強い力だったけれど決して痛くはない。
それどころか心地よくすらある。
この人になら何をされてもいいと思わせるような温かな安心感がそこにあった。
私は恐る恐る彼の背に腕を回して応える。
「私も……実は、先輩に嘘をついていたんです」
素直になれずにずっと隠してきた想いをぽつりと漏らすと、彼は驚いたように眉を上げてこちらを見下ろした。
「どういう、こと…?」
「実は私……ずっと好きな人がいるんです」
思い切って告白すると、高橋先輩は目を見開いた。
テラスの柵越しに見える夜景が、まるで絵画のように滲んでいる。
「……それって…」
高橋先輩の声は低く沈んでいた。
私の告白が想像以上に衝撃を与えたらしい。
「ごめんなさい。私が好きなのは……今目の前にいる人なんです…高橋先輩なんです」
言ってしまった。
もう取り返しがつかない。
けど後悔はない。
「…………」
高橋先輩は硬直したまま動かなかった。
「それは…えっと……」
ようやく口を開いたものの要領を得ない言葉。
無理もない。
私自身さえまだ混乱してるのだから。
「つまり?」
先輩がまばたきしながら問いかけた。
「……っ」
私は深呼吸をして続ける。
「元々私、先輩のことが好きでした。エレベーター事件の前から。それで、恋人役を頼まれたときは先輩のお役に立てるなら……いや、これは言い訳ですね」
「嘘でも、演技でも、先輩の隣にいれるのが嬉しくて、偽りの関係だって割り切れなかったんです」
「だ、だから…私も卑怯です…っ」
そこまで言うと
先輩が私を強く引き寄せて耳元で囁いた。
「結衣…っ、嬉しいよ……」
その一言だけで十分伝わった。
私も答えるように彼の背中にぎゅっと掴まった。
それから何度も角度を変えながら舌を絡め合った。
唾液が混じり合い呼吸が荒くなるのも気にせず夢中になって求め合った。
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