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一泊二日目、夜。
午後6時30分。
今日は珍しく仕事が定時で終わり、早めに自宅へと帰り着いた。通常ならこんなときは、ルンルンで自分の部屋へと一目散に駆け込んで、趣味である音楽と映画鑑賞でもしたいところではある。
あるけれど、今は通常とは違い他人がうちにいるわけなので、どうすべきか迷うところだ。
ひとまず玄関先で立ち止まり、部屋の明かりがついていることを確認してから、そろりとドアを開ける。
「…ただい、まー…」
「おー、仁人おかえりぃー」
パタパタとご丁寧に玄関までやってきて、ついでに母さんのエプロンまでして現れたのは、ひょんなことからしばらく同棲?同居?することになった隣人の佐野さん。
「今日早かったんだな。晩メシ食った?今晩仁人のお母さんが作り置きしてくれてたカレーあっためるけどどうする?」
まるで元からこうでしたよ感のあるナチュラルな出迎えに、ムダにそわそわしていた自分がアホらしくて、なんだか色々とどうでも良くなってきた。
別にお客様な訳じゃねぇんだから、肩肘張らんくても普通でいいんだよな、普通で。
「食べる!」
そう元気よく返事をして中へ入ると、ダイニングテーブルには、もうすでに2人分のカレーと、その他付け合せたち(インスタントスープと生野菜のサラダ※千切っただけ)が用意されていた。
「なんでもう用意されてんのこれ?」
「玄関で仁人の気配したからさぁ、マッハで盛り付けた」
「気配て、犬かよ」
「いやなんかさぁ、ゴハンの用意するって久しぶりだったから、めっちゃテンション上がっちゃったのよ」
照れ臭そうにそう言って頭を掻く佐野さんがおかしくて、笑いながらテーブルを指差す。
「これ、もし俺が食べないとか言ってたらどうするつもりだったワケ?」
「自分で2人分食べようと思ってた。」
「計画性なさすぎん?」
「計画立てねぇもん、俺」
「威張ることじゃねぇな」
そんなやりとりをしながら、ふたりで席に付き、手を合わせていただきますをして。
「……うっまあ!え、何コレうますぎん!?」
カレーをひとくち食べた途端、驚きの表情でこちらを見てくる佐野さんに、うんうんと頷く。
「母さんの得意料理なんだよ。まあ言うて、いろんな市販のルーとかブレンドしてるだけらしいけど。そんだけ喜んでくれたら喜ぶよ」
「仁ちゃんの料理上手はお母さん譲りなんだな」
「俺は大したもん作れないから」
「そんなことねぇよ。言いそびれたけど、今朝ありがとな。仕事大変だろうに朝メシまで作ってくれて…」
どうやら食べてくれたようで、佐野さんはしおらしくありがとうと頭を下げる。
「いやいや、あれこそ大したもんじゃねぇから」
ただハムと卵焼いて、レタス千切ってツナで和えてトマト添えて、ヨーグルトにフルーツぶち込んだだけの朝食に、まさかここまで感謝されるとは思わず、苦笑する。
しかし佐野さんは一歩も引かず、ムキになってぶんぶんと首を振った。
「アホか、大したもんだって!めっちゃ美味しかった。し、めっちゃ嬉しかった。ほんっとありがとな仁人」
「…あ、そぉ。お粗末さんでした」
何度も何度もありがとうを繰り返す佐野さんに、なんだか気恥ずかしくなってきて、俺は慌てて話題を変える。
「て、いうか!話変わるし今更なんだけどさ。前に自由業だって言ってたけど、佐野さんって仕事なにしてんの?」
突然フられた佐野さんは、大きな目を少しだけ見開いた後、ニヤリと悪戯っぽく口元を歪めた。
「…なんだと思う?」
疑問形を疑問形で返されて、なんだコイツと思うと同時に、俺は首を捻る。
いや、マジでこの人なにやってるひとなんだろ?
朝からぶらぶら出来るということは、普通の会社員ではないだろうし、昼にしろ夕方にしろあんなに頻繁に我が家へ来れるとなると、決まった時間に決まった事をやる職業でもない。
かといって夜遅くに水商売的な仕事をしている気配もないしそんな匂いもしない。ということは、
「…………ニート?」
「それ自由業じゃねぇだろ。」
「じゃあヒモだ!顔はいいから。」
「やめて。顔はってやめて顔はって。なんかすっごい傷付く」
「じゃあなんだよ、わっかんねぇわ」
両手を挙げ降参ポーズをして見せると、佐野さんはしょうがねぇ奴だなぁと首をすくめ、正解発表をする。
「正解は、………作家さんでしたー!」
「え、えぇッ!?マジ?!」
意外過ぎる答えに、思わず目の前の整った顔を凝視する。
「おぉ、大マジよ」
そんな俺の顔を面白そうに眺めながら、佐野さんはテーブルに頬杖をついた。
時折垣間見える何か思いを巡らせるような視線にも、意外と語彙に詳しいことにも。
そう言われてみれば、確かに全て納得がいく。
「へぇ〜作家さんなんだ!なんか、佐野さんってすごい仕事してんのな」
知り合いにはなかなかいない職業の人と分かってテンションの上がった俺とは対照的に、佐野さんはなぜか少し沈んだ声で否定する。
「別に、すごかないわ」
「いや、すごいだろ。作家なんてそうそうなれないじゃん」
「…俺はただ、諦めが悪いだけなんだよ」
「諦め?」
そう、と言って佐野さんは頬杖をついた反対側の手でスプーンを持ち、カレーを突っつく。
「ギリギリ食うには困ってねぇけど、めっちゃ売れてる訳でもねぇし。なんか、だらだら続けてたら、引っ込み付かんくなった感じかなぁ」
どこか自虐的に笑う佐野さんをじっと見つめながら、俺は不思議に感じて首をかしげる。
「ふーん。でも、それって十分凄くね?」
「……なにが?」
「なにがって、諦め切れないくらい好きなんでしょ、小説書くのが。しかも途中で投げださないで、今でもちゃんと向き合って続けてる。それ、めっちゃ凄いことじゃん」
好きなことを仕事にする。
それはきっと、とても幸せな事なんだろうと思う。けれど多分、【好きだから】ではどうにもならない事だって、むちゃくちゃあるはずだ。
「諦め悪かろうが何だろうが、辞めてないの、めっちゃかっこいいと思うけどなぁ、俺は」
スプーンにカレーを掬って食べながら思った事を伝えると、佐野さんは比較的よく開いている口を、さらにあんぐりとあけて俺を見る。
「んん?」
その視線を咀嚼しながら見返せば、今度は声をあげて笑い出した。
「ははははっ」
「…なんだよ急に」
突如として爆笑しだした佐野さんに眉を寄せると、佐野さんは笑いすぎて滲んだ涙を指で払いながら口を開く。
「仁人ってさぁ、やっぱめっちゃオモロイのな。ますます惚れ直したわ」
「…訳わからんこと言ってねぇで早よ食え!」
しょーもない事を言って、また笑い出した変な隣人の頭をスパンと叩き。
俺はとりあえず動揺を悟られないよう、目の前のカレーをめいいっぱい掻き込んだ。
next.