「黒い影が向かって来るなの!! イスティさま、避けてーー!」
フィーサが言うような影はおれからは見えていない。幻術か、あるいは人には見えない類《たぐい》のモノか。それが何なのかを見てから避けることにする。
フィーサの心配をよそに、黒い影の正体が姿を現わすまで待っていた。
すると、
「クカカ……っ! 諦めたか?」
てっきり蛇か闇の生物かと思っていたら、黒衣に身を包んだ男が眼前にあった。フードを目深《まぶか》にかぶり、表情を隠したまま現れた。手の平からは何らかの魔力が感じ取れるが、すぐに発動する気配じゃない。
黒衣の男はおれに気付かれていることを知りながら、嘲笑している。
「さぁな。諦めも何も、おたくらの正体すら知らないんでね」
「ならば、女から消しておくとしよう……」
「……女? どれのことだ?」
「すぐに分かる」
黒衣の男とおれ以外で女といえば、ルティたちとヘルガだけ。ヘルガを操っているとすれば、後は……。
「ひぃえぇっ!? と、鳥さんがいっぱい襲って来ますよ~!!」
「ウゥ!! 何なのだ、面倒くさいのだ!!」
予想していた通り、ルティとシーニャの慌てふためく声が聞こえてくる。襲っているのは大量のカラスのようだ。空から来る魔物に対しては経験が少ない二人だが、やられる心配は無い。心配なのは二人と距離が離れているミルシェだ。隙を見て動いていたように見える。
「クク……女を一人だけにしていいのか?」
「――ちっ、どけっ!!」
目の前にいながら攻撃を仕掛けて来ない黒衣の男はひとまず放置だ。おれは急いでミルシェの所に向かった。
「無駄なことだ……やれ、ヘルガ・コティラ」
「……御意」
ルティたちはヘルガの後方に控えていた。おれのいる位置からは、走って行かなければ間に合わない。身体能力を一時的に上げるようなスキルがあれば――そう思ってしまうが、とにかく今は急ぐことだけを考えねば。
黒衣の男はおれがいた位置から動いていないが、ミルシェを狙う奴が他にいるということだろうか?
そう思いながらミルシェが立っている所にまで近づく。
「アックさま! ご心配をおかけしま――」
ミルシェの声が聞こえた直後、おれの真横を何者かが素早く通り過ぎる。瞬間、ミルシェに向けてヘルガの短剣が右手から持ち上がるのが見えた。
くそっ、魔法は間に合わないか!?
聖女だった肉体に変わったとはいえ、以前のように強い彼女じゃない。振り上げた短剣に向かって、氷属性を放とうとしたその時だった。
「う、あ……ああぁぁ……う、うぅぅ、ぐぐぅぅ――こ、こんな……不覚」
「ミルシェ!?」
女の短剣が当たった所は見えなかったが、確かにミルシェはお腹を抱えてうずくまっている。その場にはすでに女の姿は無く、次に聞こえてきたのはルティたちの悲鳴だった。
鋼鉄製の鎧を着たルティは鎧の上から攻撃を受けたのか、身動きが出来なくなっている。シーニャは切り裂かれてはいないが、毒でも盛られたのか全身の痺れで地面に倒れているようだ。
「はぐうぅ……そんな、そんなぁぁぁ! どうしてここにきて……」
「ウ、ウニャ……う、動けないのだ」
くそっ、彼女たちを狙ったのか?
手を出してこなくても容赦なくやるべきだったか。
「おやおや、獣にドワーフ、偽聖女……。使えない女を見殺しとは酷いことをするものだ」
「……不意打ちをする貴様に言われる筋合いは無い」
「クク……。おっと、女をやったのはヘルガであって我らでは無いのだが?」
三人とも重傷では無さそうだが、ミルシェは真っ先に手当てしないとまずいか。
だがおれの仲間を……。
償いはさせてもらう。彼女たちを狙うこいつら全て一瞬で消してやる。
「フィーサ。人化してミルシェを守れ!」
「で、でも、わらわは回復出来ないなの……」
「守ることは出来るだろ。早く行け!」
「は、はいなの」
回復が出来なくてもフィーサが傍にいれば助けられる。後のことは任せるとして、おれは黒衣の男とヘルガ、そして姿を隠している連中を暴く。
「……お前らは何者だ? 何故おれを狙い、復讐しようとしている?」
「黒衣で気付かぬとは、優秀な弟子は我らだけだったようだ」
「なに?」
「我らはレザンス魔法ギルドの生き残りにして、優秀な魔道集団。年老いたギルドマスターなどよりも、遥かに優れた弟子だ」
「レザンス……バヴァル・リブレイ、か」
「最後の弟子とされたアック・イスティ! 貴様のような偽魔法士は、我らが始末する」
バヴァルといえばロキュンテのルシナさんに預けてきた。聖女エドラも元は弟子だったと聞いたが、ろくでもない弟子しか生み出さなかったようだな。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!