テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
それは、最初から嘘だった。
そう思ったのは、
全員が正しいことを言っていると分かったあとだった。
事故は、交差点で起きた。
信号は青だった。
横断歩道を渡っていた。
確認もした。
警察も、目撃者も、
みんな同じことを言った。
「あなたは悪くない」
相手の運転手も、
深く頭を下げていた。
「本当にすみません。
気づくのが、遅れました」
謝られているのに、
責められている感じはしなかった。
病院で検査を受け、
結果は「異常なし」。
医者は言った。
「運が良かったですね」
それで、この話は終わるはずだった。
次の日から、
少しずつ、ずれ始めた。
改札で、
ICカードが反応しない。
店員は端末を見て、
首をかしげた。
「……この番号、登録がないです」
スマホも、
契約が存在しないと言われた。
家に帰ると、
鍵は開いた。
でも、部屋の中が、
どこか違っていた。
家具の配置が、
微妙にずれている。
写真立てには、
私が写っていない。
代わりに、
見覚えのない空白があった。
家族に聞いた。
「昨日の事故、覚えてる?」
少し考えてから、
父は答えた。
「事故?」
その反応に、
嘘はなかった。
調べてみる。
ニュースは見つからない。
記録もない。
警察に行っても、
該当する事故は存在しなかった。
でも、体には、
確かに打撲の痕が残っている。
痛みもある。
これは、何だ。
全員が、
正しいことを言っている。
信号は青だった。
相手は気づくのが遅れた。
私は悪くない。
なのに、
事故だけが、
なかったことになっている。
ある考えが、
頭をよぎった。
もしかして、
助かったのは、
私じゃなかったのではないか。
本来、
間違っていたのは、
結果のほうだったのではないか。
家族が覚えていないのも、
記録が残らないのも、
全部、辻褄が合う。
私は今、
「正しくない側」にいる。
だから、
世界が私を、
訂正しようとしている。
そう思った瞬間、
少しだけ、納得してしまった。
誰も嘘をついていない。
誰も間違えていない。
ただ、
存在してはいけない答えが、
ここに残っているだけだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!