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それは、最初から嘘だった。
でも、それを嘘だと呼んでいいのかどうか、
私は今でも迷っている。
誰にも話していない。
家族にも、友人にも、
もちろん、紙にも残していない。
口にすれば、
形が決まってしまう気がした。
決まってしまえば、
引き返せなくなる。
だから、
何も言わなかった。
あの日、
確かに何かがあった。
時間も、場所も、
ちゃんと覚えている。
でも、
そこで何を見たのか、
何を選んだのか。
その部分だけが、
意識の手前で止まっている。
思い出そうとすると、
別の記憶が割り込んでくる。
どうでもいい会話。
意味のない風景。
必要以上に細かい音。
本当に大事なところだけが、
うまく避けられている。
偶然とは思えなかった。
誰かに話そうとしたことはある。
喉まで言葉が来て、
結局、飲み込んだ。
相手の顔を見ると、
「聞いてはいけない」
と書いてある気がした。
それが、
私の思い込みだったとしても。
夜、
一人になると、
考えずにはいられない。
話さなかったのは、
忘れたかったからなのか。
それとも、
覚えているからなのか。
答えは出ない。
ただ、
話さないという選択だけが、
何度も繰り返されている。
それが、
正しかったのかどうかは、
もう分からない。
けれど、
これだけは確かだ。
あのことを、
言葉にしてしまったら。
今の私は、
ここにはいない。
そう思える程度には、
私はちゃんと、
“何か”を知っている。
だから、
今日も話さない。
嘘をついたわけじゃない。
隠したわけでもない。
ただ、
語らなかった。
それを、
最初から嘘だったと呼ぶなら、
そうなのかもしれない。
でも私は、
この嘘のおかげで、
まだここにいる。