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ある日・・・
笹山健一は自宅の洗面所の鏡の前で、じっと自分の顔と睨めっこをしていた
64歳の古文の教授である彼は、普段は落ち着いた物腰で、大学の講義室で『源氏物語』や『竹取の翁』を講じる姿がよく似合う男だった
しかし、今、鏡の前で彼は眉をひそめ、方眉を上げて自分の顔を右へ、左へと傾け、様々な角度からしげしげと見つめている
「う~ん・・・」
健一は小さな呟きを漏らした
「やっぱり・・・植毛した方がいいかな・・・」
彼の声には、どこかためらいと期待が混じっていた
「沙羅ちゃんが言うには・・・私は肌艶は年齢の割には良いらしいから・・・植毛したらもっと若く見えるかな?」
健一の手元には丁寧にハンドクリームを塗るためのチューブが並んでいる
洗面台にはまるでコレクションのように、国内、海外メーカーのハンドクリームがずらりと勢揃いしていた
それぞれの容器には、健一が自ら吟味して買い揃えたこだわりが感じられる
65歳・・・妻に先立たれた独り身の彼が、こんなにも見た目を気にするようになったのには理由があった
それは・・・ほんの2年前に遡る、ある出来事がきっかけだった・・・
・:.。.・:.。.
その日、健一は息子の力――世界的ロックスター、ブラックロックの力のコンサート会場である福岡ドームに足を運んでいた
福岡ドームは、九州の空を突き刺すような巨大な円形の構造物で、陽光を浴びた白亜の外壁がまるで現代のコロッセウムのように壮麗に輝いていた
会場周辺には、力のバンド「ブラックロック」のロゴが描かれた巨大なフラッグが風にはためき、色とりどりのライトが夜空を切り裂くように点滅していた
場内に入ると、4万人を超える観客の熱気が渦巻き、スタジアムの天井に反響する歓声がまるで雷鳴のように轟いており、辺りにドライアイスの甘い香りがほのかに漂っていた
アリーナ席に広がる無数のペンライトは、まるで星空が地上に降りてきたかのように揺らめき、健一の胸を高鳴らせた
健一はいつものように、息子の妻の沙羅と共にアリーナ席の前列に座っていた、彼は息子のコンサートには必ず顔を出し、家族で応援するのが恒例だった
しかし、この日の福岡ドームはいつもとはどこか雰囲気が違っていた
健一が席に座っていると、突然若い女性が遠慮がちに近づいてきた
「あの~・・・すいません・・・力のお父さんですか?」
健一は一瞬、耳を疑った
「え? ハッ! ハイ!そうです!私が力のお父さんです!」
と、咄嗟にまるで軍人のように背筋を伸ばして「きおつけ」の姿勢で立ち上がった
会場に響くBGMと観客のざわめきの中で健一の心臓はドキドキと高鳴った
キャーッ!「やっぱり! 先日のライブ配信見ました! 力と一緒に映ってましたよね!」
「あっ、いえっ・・・は・・・ハイ!」
健一は完全に面食らっていた、こんな若い子に話しかけられるなんて、何十年ぶりのことだろう、女性の目はキラキラと輝き、まるで憧れのスターに会ったかのような熱っぽさがあった
「握手してください!」
「えっ、わ、私でいいんですか?」
と、健一は戸惑いながらも手を差し出した、女性の手は小さく温かかった、彼女は興奮した様子で「ありがとう!」と叫び、その声が周囲に響き渡った
すると、会場の一角が急にざわめき始めた
「誰?」
「力のお父さんだって!」
「あー! ほんとだ!」
「力のパパだ!」
「力父!」
「力父よ!」
キャーッ!「力父がいるわ!」
ザワザワッッ!「どこどこ?」
まるで波が押し寄せるように、若い女性たちが健一の周りに集まり始めた
黄色い歓声がドームの天井に反響し、健一は瞬く間にファンに囲まれた、目立つのが嫌いな沙羅はクスクス笑いながらさっさと健一をその場に残してバックステージに引っ込んでしまった
力のファン達は
「 写真撮ってください!」
「握手お願いします!」
「幻の力父、遭遇!」
と次々に声をかけ、健一はまるでアイドル扱いされているかのように感じた、普段は古文の研究に没頭する地味な教授が、こんな状況に置かれるなんて夢にも思っていなかった
そこへ、カツカツと軽快なハイヒールの足音を響かせ、「広報担当マネージャーの陽子」が現れた
黄緑色のディレクターズニットを肩にかけ、後頭部にサングラスを反対にひっかけて、大ぶりのイヤリングをジャラジャラ揺らしている、彼女は拡声器を手に、颯爽と状況を仕切り始めた
『ハイハイ~! !只今より先着200名限定『力父との握手会』を開催します~♪ 早い者勝ちですよ~! 順番に並んでね~、順番は抜かさないでね~!ルールを守って楽しく握手会をしましょう!』
途端に、スタッフが素早くテーブルをセッティングし、まるで公式イベントのような雰囲気が出来上がった
「並んで下さい」
「並んで下さい」
健一は目を丸くしながらも陽子の誘導の元、自分と握手するために若い女の子達があっという間に長い列を作るのを目の当たりにした
テーブルの後ろに立った健一に、一定のスペースを開けて力のファン達が順番に握手を求めてくる
彼女達の目は輝き、健一の手を握るたびに温かい声をかけてくれる、健一は戸惑い、照れながらも、丁寧に一人一人に応じ、時折「ありがとう」と声をかけていた、中には「力に渡してくれ」と手紙までもらった
その夜、SNS上では「#力父」がみごとにトレンド入りした、そして音楽ニュースサイトでは
『「ブラックロック」コンサート前に思わず心温まる素晴らしい力からの「ファンサービス」はなんと自分の父親だった―』
と見出しが出され、健一の貢献が取り上げられた
―力父の手、温かかった―
― めっちゃ優しかった!―
―力父に悩み聞いてもらった!―
― なんか癒された―
―力父、めっちゃダンディ! あの笑顔、最高!―
健一に握手をしてもらったファンの投稿は止まる事を知らず、健一の写真や握手の瞬間の動画が拡散され、瞬く間に「力父」人気は全国に広がった
陽子は言う
「日本ではなじみがないけど、海外のスターの家族はみんな「公人」とみなされるの!テイラースイフトのお母さんは娘のコンサート前に会場を回って、その日お母さん自ら娘のステージに上がる権利を観客の中から選ぶのよ!!海外のファンにとって「推しの親」は何よりも尊敬に値する人なの。そんな人に優しくしてもらったらファンはどれだけ嬉しいと思う?これから健一さんもしっかりスターの家族として頑張ってね」
と高笑いをした
そして驚くことに4月6日に大阪はスバル大ホールで行われる国際人権フォーラムで、なんと健一が特別ゲストとして登壇し、力の幼少期の思い出話を披露することが発表された
「音楽の天才は子供の頃から天才だったのか?」
というテーマに、ファンは早くも期待を寄せていた
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登壇当日の朝・・・
自宅の洗面所で健一は、鏡を見ながら自分の登頂部分をマジマジと見つめていた
「う~ん・・・昔はフサフサだったんだけどなぁ~・・・」
彼の口元にはかすかな笑みが浮かんでいた
今や各地で力のコンサート時には顔バレしている健一は毎回ファンの女の子達に、握手を求められて囲まれる、彼女達のあの熱狂が健一の心に新たな火を灯していた
ぬりぬり・・・「あんな若い娘さん達が一生懸命握手を求めてくれるんだ・・・せめてガサガサの手では申し訳ないから・・・(焦)」
と健一はせっせとハンドクリームを手に塗り込んでいたし、ファンの子達がいる所では、いつ握手を求められてもいいように、ポケットにホッカイロを入れて手を温めてから握手をするようにしていた
「う~ん・・・沙羅ちゃんがプレゼントしてくれたピンクのネクタイ・・・派手じゃないかなぁ~・・・(お義父さんは色が白いから可愛い色が似あう)と言ってくれたけど・・・たしかに暗い色だと顔色が悪く見えて葬式みたいだな・・・(焦)」
健一は何時間も鏡の前で衣装合わせをしていた
古文の教授でありながら、息子のファン達に「力父」として
愛される存在―
―そんな自分を健一は少しずつ受け入れ始めていた
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大阪は難波「スバル国際大ホール」
ガラス張りのエントランスに今は夕暮れの光を反射し、ホール内部は、重厚な赤いカーテンと磨き上げられた年季が入った木製の床が歴史と格式を感じさせる
200人収容の客席は、決して巨大ではないが、親密さと荘厳さを兼ね備えた空間だ
この日、ホールは世界的ロックスター・笹山力の父、健一の登壇を心待ちにするファンで埋め尽くされていた
観客の年齢層は幅広く、10代の若い女の子から、力の音楽に魅了された30~50代もいる、そのほとんどは女性で
「力父、どんな話してくれるかな?」
「力の子供時代、絶対可愛かったよね!」
と、弾むような声が飛び交う一方で、落ち着いた雰囲気の年配の女性ファンは、プログラム冊子を手に、健一の登場を静かに心待ちにしている
彼女達の多くは力の音楽に人生の節目を重ねて来た人達だ
舞台の中央には木製の演台が置かれ、その横には大きなスクリーンがある、スクリーンには、力のこれまでのキャリアを振り返るスライドが映し出されており、幼少期の写真が映った時は観客から黄色い声が飛んだ
それを沙羅がスーツ姿で、最前列の一番端っこでニコニコして見ている、頑なに力や音々達が構えるカメラに映るのを嫌がった沙羅はファンには顔バレしていない
開演時刻が近づくと、客席のざわめきが一瞬静まって期待感が一層高まった
司会者が静かに登場して落ち着いた声でアナウンスする
『皆様、本日は国際人権フォーラムにご参加いただき、ありがとうございます、それでは特別ゲストとして、笹山力さんのお父様、健一様をお迎えします』
客席から大きな拍手と歓声が沸き上がる、特に若いファンからは「力父ー!」と叫ぶ声が飛びんだ
健一は、ダークグレーのスーツに身を包み、沙羅が選んだ素敵なダンヒルのサーモンピンクのネクタイをしている
白髪がちらつく髪は丁寧に整えられ、背筋を伸ばした姿勢からは、息子の成功を誇りに思う父親の風格が漂う
健一はマイクを手にし、穏やかだが力強い声で話し始めた
「皆さんこんにちは・・・力の父親の健一です、この度はこの様な素晴らしい機会を与えて下さって本当に心から感謝しています」
その一言で、客席は再び温かい雰囲気に包まれる
「力父」コールが響き、健一は照れ笑いを浮かべ、観客はこの親しみやすい上品な紳士が話す言葉に熱心に耳を傾けた
「今日のテーマは『音楽の天才は子供の頃から天才だったのか?』です・・・力の子供時代を振り返りながら、皆さんに少しお話ししたいと思います」
健一の言葉に客席は静まり返る、スクリーンには力の幼少期の写真が映し出され、そこにはギターを抱えて笑う小さな力の姿があった
「この写真は5歳のときです、まだギターの弦をちゃんと押さえられなかったけど、毎日弾きたがってました」
と健一が語ると客席から「かわいい!」と声が上がる、健一は力の幼少期のエピソードをユーモアと愛情を込めて語り始める、力がいかに音楽に夢中だったか、近所の公園でジャイアンの様に即興の「コンサート」を開いて近隣住民を困らせた話
初めて作った曲が「カレーは辛え」と歌う奇妙な歌だったこと、会場は笑いと共感に包まれる、特に力のファンである若い女の子達は、健一の話す力の無邪気な姿に心を奪われ、時折「やばい、想像できる!」と声を漏らす
ホールの雰囲気はまるで家族の集まりのように温かく、健一の話が進むにつれ、観客は力の音楽の背景にある家族の絆や、健一の無条件の応援が力の成功を支えてきたことを感じ取る
ある女性ファンは感極まってハンカチで目元を押さえている
そして質疑応答の時間では最前列の学生風の女の子が健一に当てられて、立ち上がって質問をし出した、その少女は初っ端から泣き声だった
ヒック・・・「私は・・・ブラック・ロックが大好きなんですけど・・・お金が無くて・・・皆さんみたいにグッズを沢山買ったり・・・ツアーについて回ったりできません・・・」
沙羅の顔も同情したような顔になり、観客の多くも彼女に共感している様だった
グスッ・・・「ブラック・ロックが大好きなのに・・・推し活が思う様に出来なくて・・・とても苦しいです、こんな私がブラックロックのファンでいていいのでしょうか?」
今やホールはシン・・・と静寂の一途を飾っており質問者の少女の啜り泣く声だけが響いていた
客席の空気は優しく・・・しかしどこか切なく、彼女の言葉に共感する多くのファンが静かに見守っていた
沙羅もまた、少女の想いに心を動かされた様で、柔らかい表情で彼女を見つめていた
健一はマイクを手に、彼女に穏やかな笑みを浮かべた、その目はまるで自分の娘を見る様な温かさに満ちていた
「あなた、お名前を教えて頂けますか?」
少女は驚いたように顔を上げ、涙で濡れた目で健一を見てかすれた声で答える
「あ・・・ミキ・・・です」
と、かすれた声で答えた
「ミキさんありがとう・・・こんな風に心から話してくれて本当に嬉しいですよ、その鞄についているぬいぐるみは誰ですか?」
少女は恥ずかしそうにはにかんで言う
「・・・このぬいぐるみは・・・力です・・・私が作りました」
健一の声は、まるでホール全体を包み込むような優しさで響いた
「ブラック・ロックを愛してくれて、こんな風に気持ちを伝えてくれる事・・・、それだけで力やバンドのメンバーにとって、あなたは最高のファンです」
会場からは小さく温かい拍手が起こり、ミキはハンカチを握りしめたまま、目を丸くして健一を見つめた、健一はさらに言葉を続けた
「ねぇミキさん、聞いて下さい、私はずっと力の傍にいてコンサートを回ってきました、その時に一つの気づきがありました、ファンの愛ってね、お金やグッズの数で測るものじゃないんですよ。あなたがブラック・ロックの音楽を聴いて、心が動いた瞬間、笑ったり、泣いたり、勇気をもらったりしたその気持ち、それが何よりの宝物なんです。力も、メンバーも、音楽を通じてあなたの心に届くことができたら、それが一番の幸せなんですよ」
健一の言葉は、まるで柔らかな光のように会場に広がった、健一はスクリーンに映る力の幼少期の写真をチラリと見て、懐かしそうに微笑んだ
「力が生まれた時、私はただの父親でした、彼の音楽の才能なんて最初は気づかなかった、でも、力はいつも歌って、いつも笑って、音楽で誰かを喜ばせたいって言ってました。その気持ちがあなた達ファンの愛と繋がってるんだと思います。あなたがブラック・ロックを愛してくれるその心は、力が音楽を始めた理由そのものです、力のぬいぐるみを持ち歩くあなたのその愛情は、力達にとってどんなグッズやツアーよりも大切なものなんですよ」
ミキは涙をこらえきれず、顔をハンカチで覆った、客席のあちこちからも、すすり泣く音が聞こえてきた、健一はマイクを握りしめ、言葉にさらに力を込めた
「感謝ってこういうことだと思うんです。あなた方がここに来てくれて、こうやって話してくれて、ブラック・ロックを愛してくれて、私は心から感謝しています。あなたみたいなファンがいるから、力はステージで輝けるんですよ・・・私は皆さんを愛しています、では、『愛』とは何でしょうか?」
そこで健一は間を置いた
「『愛』とはその人に小さな関心を持ち、「良くしてあげたい」という気持ちではないでしょうか、ミキさん・・・あなたほど愛情深い人がブラック・ロックのファンでいいのかどうか、どうして誰かに許可を取らないといけないんですか?あなたはブラック・ロックにとって、かけがえのない存在なんですよ」
会場は一瞬静まり返り、すぐに大きな拍手と歓声が沸き上がった、ミキは泣きながらも感動で顔を輝かせていた、沙羅もまた、目元を拭いながら、健一に誇らしげな視線を送っていた
健一はマイクを手に、会場全体を見渡した
「皆さんも今日ここに来て下さって、本当にありがとうございます。皆さんの愛情が、力の音楽を、ブラック・ロックをもっと大きくして下さっています。『愛』は誰かを排除するのではなく押し広げて行く力です、これからもどうぞブラック・ロックをよろしくお願いします」
健一の挨拶に会場の熱気はさらに高まった
沙羅は静かに拍手をし、健一同様、力を応援してくれている穢れの無いファンへの純粋な想いに、深い感謝を胸に、穏やかに微笑んでいた
・:.。.・:.。.
ある日・・・健一は自宅の仏壇の前で考えていた
「母さん・・・力のファンはみんな本当に純粋で良い子達ばかりなんだよ・・・私はなんだか彼女達の想いを守ってやりたいなと思ってね・・・」
数日経って、次第に健一にある理想が出来て来ていた
あんなに純粋でブラック・ロックを愛してくれているファンの皆さんがもっと気軽に集まって、ブラックロックを楽しんでもらえる憩いの場なんかがあったらいいなと・・・
仕事の帰り・・・コンサートの帰り・・・もっと遠慮なくファンが集まって、ブラックロックの事を存分に語ってコミニュケーションが取れる場所・・・
そんな場所があったら・・・この間の質疑応答のあの彼女の様に自分は果たしてブラックロックのファンでいいのかどうかと孤独に悩まなくてもいい場所・・・
自分はブラックロックのファンだと胸を張って語れる場所・・・
そしてある日とうとう健一は決意を固めた
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「ブラック・ロックカフェぇええ~~?」
「ブラック・ロックカフェぇええ~~?」
「ブラック・ロックカフェぇええ~~?」
「ブラック・ロックカフェぇええ~~?」
初夏の夕暮れ、笹山家のリビングのソファーにはブラック・ロックのメンバーが勢ぞろいしていた、ボーカルの力は大型テレビに映る「ちいかわ」をあぐらをかいて見ていた、その膝の上には音々がいる
その横でドラムの誠はちいかわウサギのクッションを抱えてだらんと座り、ベースの拓哉はスマホをいじり、キーボードの海斗は窓の外をぼんやり眺めていた
そこに、突然健一が提案した言葉に全員の視線が彼に集中した
「え~?父さん、なにそれ?」
力が尋ねると、健一は目を輝かせて沙羅が買ったオレンジのポロシャツの襟を緩めながらリビングでダラダラしているメンバー達に話し出した
「うん・・・何ていうか・・・おこがましんだけど・・・ この間の講演会で、力のファンの子達がさ、純粋で本当にいい子達ばかりだったんだ、微力ながら私もあの子達の想いを守ってやりたいと思って・・・どうかな?ファンが気軽に集まって、ブラック・ロックのことを語ったり、楽しんだりできる場所・・・って考えてたら「アーティストカフェ」なんかはどうかなって・・・」
健一が恥ずかしそうにみんなに言った、そこにエプロンをした沙羅もやってきてニヤニヤみんなを見ている、沙羅は先に健一に相談を受けていた
健一は笑顔を崩さず、落ち着いた口調でさらに続けた
「何ていうか・・・店は私がやるつもりなんだけど・・・その店でファンの子達と一緒にブラック・ロックの世界を作りたいんだ、コンサートの帰りや、仕事の合間に、気軽に立ち寄れる場所・・・グッズ購入やツアーを追いかけられなくても、ブラック・ロックを愛する気持ちを共有できる場所さ、この間の講演会で泣いてた女の子がいてね、あの子みたいにファンの子達が『自分はファンでいいのかな』なんて悩んだり、孤独になったら、気楽に来て話せる場所を作りたいんだよ」
沙羅がうんうんと健一の後ろで頷いている、健一が必死で身振り手振りを交えて今まで頭の中で考えていたことを言う
「イメージはね、ブラック・ロックの音楽が流れる温かい空間だよ、壁には大型モニターでライブ中継をしたり、ここへ来ればいつもライブが見れるんだ、テーブルにはファン同士で語れるスペースがあって、限定のドリンクやスイーツも出すんだ、ファンへの感謝だよ、君達の音楽がどれだけの人に支えられているか・・私はすごく感じるんだ、そんなコミニュティを作りたいんだ」
ニッコリ力が笑って言った
「それいいな!父さんやりなよ!金は僕が出すよ」
拓哉も言う
「日常の中でブラック・ロックを感じられる場所・・・それってバンドの歴史に新しいページを加えることになるんじゃないか?いいなぁ~♪」
拓哉も言う
「俺も賛成だよ、ファンの子達が笑顔でいられる場所すごくいいよ!ブラック・ロックは、音楽だけじゃなく、ファンの心と一緒に成長してきた」
健一の顔に、誇らしげな笑みが広がった
「ありがとう力・・・みんなもありがとう・・・このカフェでファンの子達への感謝と、君達の音楽への愛情をちゃんと形にするよ!」
リビングは拍手と笑い声で満たされた、健一のブラック・ロックカフェの夢は、この瞬間、メンバー達の後押しもあって心にしっかりと根を下ろした
「どんなメニューにするの?」
誠の問いかけに健一は照れながら言った
アハハ・・・「いやぁ~それがお恥ずかしながらなにも考えていないんだぁ~」
オホホホホホッ♪「それなら良い人をご紹介できるわよ~♪」
沙羅が健一に言った
・:.。.・:.。.
【大阪・鶴橋・コリアンタウン】
大阪の鶴橋駅を降りると、鼻腔をくすぐる焼き肉の香ばしい匂いが漂ってくる、高架下の焼き肉店が密集している「焼き肉ロード」を東に向かって細い路地を抜けると、そこはもう「コリアンタウン」
今や大阪を代表する観光名所だ。狭い通りには韓国食材店、キンパやトッポギを売る屋台、色とりどりのハングル看板がひしめき合い、K-POPの軽快なリズムがスピーカーから響く
「疎開道路」と言われる大通りには、観光客の笑い声と、店員の威勢のいい呼び込みが交錯し、まるでソウルの路地裏に迷い込んだかのような活気が溢れている
特に近年は、韓国のアイドル文化が爆発的な人気を博し、若者を中心にコリアンタウンは「推し活」の聖地として注目を集めている。アイドルカフェの数は日本一とも言われ、ファンが集う、その場所は、さまざまなアイドルの看板がひしめき合い、まるで夢の国のような輝きを放っていた
ホホホホホホホホ!「 はじめましてぇ~~~♪ 星キラリでぇ~~す♪」
・:.。.・:.。.
黒髪で小柄な女性が、100ワットの電球よりも眩しい笑顔で健一に挨拶した、商店街の喧騒を軽々と突き抜けるほど大きな声だ
「はっ! はじめまして! 笹山健一です!」
健一は慌ててペコリと頭を下げた
ホホホホホホホホ♪「沙羅ちゃんから聞いたわよぉ~♪ アーティストカフェやりたいんだってぇ~? まかしてまかしてぇ~~!今日一日健一さんのガイドを務めさせて頂くわぁ〜」
キラリのあまりの明るさにまるでスポットライトを浴びているような気分だった、彼女の笑い声が響く、キラリは後ろに広がるコリアンタウンの商店街を指さし、目をキラキラさせながら続けた
「ここは大阪鶴橋『コリアンタウン』! 戦後、朝鮮半島から移住してきた人々がこの地で暮らしを築き、韓国文化が根付いた場所なの、今じゃ観光客で賑わう大阪一番のスポットよ! 韓国カフェに食材、韓国のコスメやファッションのお店まで、なんでも揃ってるわ! 特にね、韓国のアイドル文化がすごいの! コリアンタウンのアイドルカフェの数は日本一! K-POPアイドルのグッズやコラボカフェがそこかしこにあって、ファンにはたまらない場所なのよ!」
へぇ~と感嘆の声を漏らす健一、メモ帳を手に、キラリの言葉を一言一句書き留めようと必死だ
「ここにあるアイドルカフェを全部回ろうと思えば・・・どれぐらいかかるんですかね?」
「そうねぇ~~、十年はかかるかしら!」
「じっ! 十年?」
健一が目を丸くすると、キラリは腹を抱えて笑い出した
アハハハハハハハッ!「 嘘やんかぁ~~~~!!」
―なっ・・・何がおかしいんだろう・・・―
健一は一人でボケて一人で突っ込む、これぞ関西人キラリの圧倒的なエネルギーに気圧されつつ、彼女の後を追いながら商店街を進んだ
ケラケラッ「あっ!飴ちゃん食べる?飴ちゃん!」
「・・・頂きます・・・」
大勢の人が行き来する通りには、K-POPアイドルのポスターが貼られた店先や、カラフルな韓国スイーツを売るカフェが並ぶ。観光客がスマホで写真を撮り、若者達が『推し』の名前を叫びながらグッズを手に笑い合っている
その活気は、健一が思い描くアーティストカフェのイメージに新たなインスピレーションを与えていた、そして二人は一軒の「アイドル推しカフェ」に足を踏み入れた
カランカラン「いらっしゃいませぇ~♪」
店内はピンクを基調とした可愛らしい空間で、壁には色とりどりのアイドルパネルが飾られている。右の壁には、紙製のカップホルダーに印刷されたアイドルの顔がピラミッドのように積み上げられ、フォトブースでは等身大のアイドルパネルと記念撮影を楽しむ若い女の子の客で大賑わいだった
丸いテーブルには、クマのぬいぐるみが置かれたものや、パウダースノーを模したデコレーションが施されたものなど、個性的な装飾が施されている
「うわぁ~・・・」
健一はキョロキョロと店内を見回した、まるで別世界に迷い込んだような気分だ、キラリが指さした先には別のフォトブースがあった
「あそこもフォトブースになっていてね『推し』をプリントしたラテアートと一緒に写真を撮る場所なの!」
「ラテアート? プリント?」
健一が目をパチクリさせると、キラリは楽しそうに説明した
「うん! ラテの泡の上に、特殊な食べられるインクでアイドルの写真や好きな画像を印刷するの! このカフェのインスタのアカウントにDMで写真を送ると、こんな風に印刷してくれるんだよ! ほら! 見て!」
キラリがスマホをいじりながら店員と話していると、レジ横の印刷マシンにカップに入ったラテがセットされた、ガチャン、ガチャン!という音とともに、マシンが動き出す
ガチャン、ガチャン「おおお~~~~~っっ!!」
健一が驚きの声を上げると、ラテの泡の上には、まるで写真の様に鮮明なキラリが選んだ力の画像が印刷されていた、健一は慌ててスマホを取り出し、その様子を動画で撮影する
「ね? 泡と思えないほど綺麗でしょ?」
キラリが得意げに言う
「ラテだけじゃなくて、クッキーやケーキも写真ならなんでも印刷できるのよ!」
「これはファンにとっては嬉しいですね! 早速このマシンは導入しましょう!」
健一の目がキラリと同じくらい輝いていた、キラリはニッコリ笑って頷く
「アーティストカフェの中でも、このマシンがあるカフェは大人気だよ♪ ファン同士が推しを語りながら、こんなラテを飲んで盛り上がるの、健一さんのカフェにも、こんなワクワクする要素を入れると絶対人気が出るよ!」
健一はメモ帳に「ラテプリントマシン」「フォトブース」「推しグッズ」と次々とメモを残していく
「健一さん!お昼にしましょう!ここカレーが美味しんですよぉ~♪」
「そうですね!ぜひ!」
キラリと健一は若い女の子たちに混ざってカレーを注文した
「うわぁ~♪美味しそう♪」」
クスッ「キラリさん『スープカレー』好きなんですか?」
ペラペラ・・・「そうなの♪私スープカレーのこと舐めてた!ハァ?「カレー」でええやろ!なんでわざわざスープで食べんねん!カレー食べてりゃええやろがぁ〜(怒)ふざけんなゴルァ!と思ってたけど、違った!もぉ全国のスープカレー店さんに謝りたい!ほんとゴメンナサイ!スープカレー超美味しい!超楽しい!超サイコー!昨日も食べた」
フフッ「二日連続おんなじメニューでそのテンションは本物ですね」
そうして健一はバターチキンカレー、キラリはスープカレーを食べた
もぐもぐ・・・「ん~!めっちゃ美味しい~~~ん♪」
幸せそうにモグモグするキラリを見て健一も微笑んで言う
「本当に!特にこのしんたま!(新玉ねぎ)美味しいですよ~♪」
「え?キ〇タマ?」
「え?」
「え?」
キラリが聞き返して、それに健一が聞き返して、さらにキラリが聞き返す
「・・・・」
「・・・・」
・:.。.・:.。
「え〜?健一さんもう食べたんですか?早くない?」
ハハッ
「キラリさんが遅いんですよぉ~」
「そんなことないよ、あたし一生懸命食べてるもん♪」
モグモグ・・・・
「てかさ、健一さんあたしが食べるのずっと見てるよ?」
「ふふwwなんか次何食べるのかな~?っと思ったら気になっちゃって」
「ふ~ん・・じゃ、次何食べると思う?」
「う~ん・・・お肉かな?」
モグモグモグ・・・
「・・・・・」
「・・・・・」
「かぼちゃでしたぁ~!!!」
ハハッ「うわぁ~そっちかぁ~(笑)」
健一は予想が外れてくやしそうにする、どんどんこの人のペースに巻き込まれていっている、でも嫌じゃない、それどころかとても楽しい気分になった
「キラリさんはおしゃべりが上手ですね!私はいかんせん口下手で・・・」
アハハハ「あたしは映像で語るタイプなんですよぉ~」
―所々・・・意味がわからない・・・―
それからもキラリに色んなアイドルカフェを紹介してもらって健一は頭の中でカフェのイメージを膨らませていた
コリアンタウンの活気と、アイドルカフェの華やかな雰囲気は、彼の夢に新たな色を添えていた
「キッ!キラリさん!今日は本当にありがとう! 今日の学びを私のカフェに生かしますね!」
ホホホホホホ!「 任せて! 健一さんのカフェ、絶対キラキラした場所になるよ!キラリだけにっ!」
キラリはギャハハハハ♪と笑いながらバシバシ健一を叩く、叩かれ過ぎて健一が斜めになる
コリアンタウンの喧騒の中、健一の夢はますます大きく鮮やかに膨らんでいった
・:.。.・:.。.
【一年後】
笹山健一の夢が形となった「ブラック・ロック・カフェ」がオープンしてから三ヶ月
キラリのアドバイスを基に作り上げた、地元の駅前に健一の経営するカフェは連日大盛況だった
ブラックロックのテーマカラーの黒と白を基調とした店内は、力達の歴史が分かる年代別のパネルやカラフルな装飾で彩られ、壁にはめ込んだ巨大モニターからは毎日ブラックロックのライブ映像が流され、若者達の笑い声と推しの名前を呼ぶ声が絶えない
店内の一角には、キラリが「これぞ推し活の極み!」と太鼓判を押したラテプリントマシンが鎮座している
客がスマホで送った推しの写真が、泡の上に鮮やかに印刷されるカフェラテは大人気だ
今日も女子高生達が「キャー! 私の力、めっちゃ綺麗!」と叫びながら、印刷されたラテを手にフォトブースで記念撮影を楽しんでいる
フォトブースには等身大のメンバー全員のパネルが並び、クマのぬいぐるみやキラキラのデコレーションが施されたテーブルがファン心をくすぐる
健一はカウンター越しにその光景を眺め、満足げに微笑んでいる、キラリが提案した「推しクッキー」も好評で、アイドルの顔が印刷されたクッキーは、食べるのがもったいないとSNSで話題に、店のインスタアカウントは、客が投稿するキラキラの写真で溢れ、フォロワー数は急上昇していた
オホホホホホ♪「健一さん! また予約でいっぱいよ!」
なぜか連日キラリが100ワット電球のような笑顔で週末には自ら店に立ち、カフェ店員として客と一緒に推しトークで盛り上がる
彼女はデニム地のエプロンにブラックロックではなく自分の「推し」の缶バッチをこれでもかとエプロン一面につけている、なんか頭にも推しをつけてる、もう好きにしてくれという感じだ
「ほら、今月は誠のバースデーだから誠の誕生日を祝うケーキに、誠のホログラムデコを乗せるの! キラキラでしょ?」
キャー!「かわいい!ありがとうキラリちゃぁ~ん♪」
「あなたの「推し」本当に素敵だよね〜インスタにUPしてくれるとその場で10%割引だよ♪」
「するするぅ~♪」
と彼女が手に持つケーキはまるで宝石箱のようだった
店内では、ブラック・ロックの最新曲が流れ、若い女の子達がラテを片手にそれぞれの推しを語り合う、みんな本当に瞳を輝かせて幸せそうだ、それを見た健一も心から幸せになる
カランカラン・・・「健一パパー!来たよ~♪」
「こんにちはぁ~♪」
また力達のファンの女の子達が制服姿でやってきた、健一はとびっきりの笑顔で言った
「いらっしゃい♪」
・:.。.・:.。.
:*゚.
.:。:.
【完】