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「やりおるな…」
思わず竹刀を投げ捨て、大我は苦笑した。
「有難うございました」と、大我の対戦相手である高地は爽やかに笑って頭を下げる。
「近頃は滅多にないぞ、此奴が負けるなど」
道場の隅で座っていた樹は云う。右手に「論語」の本、左手に煙管を持って紫煙をくゆらせている。道場には来たものの、剣術に励む気はないようだ。
慎太郎は、新選組で戦に出ている。尊王攘夷派の集団との戦いと一言伝えてから向かった。特に皆が心配していないのは、彼が戦上手だからだ。そして高地がここにいるのは、慎太郎が「未だ連れて行くには時期尚早だ」と拒んだからである。
「しかし、大我も上手くなったものだな」
「誠か? それならば嬉しいが」
大我と高地は、見ていた北斗の近くに腰を下ろす。北斗が高地に訊いた。
「相模では、慎太郎とよくやっていたのだろう? 腕が良いのも確かだ」
「いや、それほどでもありませぬ。いつも負けてばかりで」
そう微笑んで返したところで、道場の戸口がドンドンと叩かれた。
「俺が出る」と近くにいた樹が立ち上がる。扉を開けると、見知らぬ男性が立っていた。その袴は高級そうで、後ろには背の高い男が二人いる。
と同時に、大我が奥のほうへと駆け込んでいった。呆気にとられていると、男性が口を開く。
「相済みません。こちらに京本の倅は来ておりませんか」
「京本……? 何方でございますか。某は存じ上げませぬ」
そうですか、とつぶやく。後ろの男たちに「道場が違うようだ」とささやいた。
「どうも失礼した」
そして去っていった。首をひねって戸を閉めた樹は、奥から出てきた大我に気づく。
「うん? 何処に行っていたのだ?」
樹の問いかけに、うつむくばかりで答えない。
「いかがしたんだ」と北斗が訊いて、やっと顔を上げる。
「京本大我」
え、と三人の口から揃ってこぼれた。
「俺の名。先ほどの来客は、父上なんだ。中納言で、俺にもじきに官職が与えられる」
皆は訳がわからず、黙り込む。しばらくの沈黙の末、「屋敷には帰らなくて良いのですか。ご心配なさって、探しているのでしょう」
問うたのは高地だった。
「…私は、侍になりたかったのです」
静かに云って、道場を出る。「何処に行く――」
呼び止める北斗に、
「私が仕えるべきは朝廷です。主君はお上…。公家に生まれたのだから、侍になんてなれやしないのに」
云う声は震えていた。
「お世話になりました。そしてお騒がせ致しました」
恭しく一礼して、戸を開く。
「また忍んで来ると良い。俺達はいつでも待っておる」
樹が明るく呼び掛けて、大我は振り返った。喜びにほころんだ微笑みは、とても上品だった。
続
Happy Birthday Juri!!!!!!