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(雅輝が俺のメッセを既読スルーして、今日で丸1週間になる。ブロックされないだけマシだと思ったけど、さすがにもう限界かもしれない――)
気落ちする自分の心を何とかすべく、橋本はハンドルをぎゅっと握りしめた。しかしながらその気持ちをハンドルが吸収してくれるはずもないので、どーんと沈んだままだった。
「橋本さん、最近疲れているんですか? ため息の数が、めっきり増えている気がします」
後部座席で榊が顔を上げて見つめてくることを、ルームミラーで確認する。
「疲れじゃないんだ、プライベートでちょっとな」
「そうですか。てっきり俺が無理言って、早朝から橋本さんを働かせているので、ついに疲労困憊したのかと心配しました」
橋本の言葉に安心したのか、榊は印象的に映る瞳を細めて嬉しそうにほほ笑んだ。
以前の橋本なら、榊のそんな笑顔を見たら心が弾んでいたはずなのに、気が滅入っているせいか、まったく反応しないことにちょっとだけ驚く。
宮本とは、まだ3回しか面識がない。それなのに自分の恋心を打ち明けている手前、自然と関りが深くなっている関係で、連絡が取れないことについて、想像以上に傷が深くなっていることを改めて思い知った。
「疲労困憊なら休めば何とかなるけど、心を許した友達との喧嘩に、どうしていいかわからなくなってる」
「えっ? 人当たりのいい橋本さんが喧嘩って……。俺のときみたいに無理して、誰かの仲を取り持とうとしたとか?」
榊の恋人が不慮の事故で記憶喪失になり、同性同士の恋愛を経て結婚したことを全否定している姿を見ているうちに、どうにも心配になって、橋本が手助けしたことがあった。
そのタイミングが最悪だったせいで、榊と恋人が喧嘩をしてしまい、結果的には橋本とも喧嘩の一歩手前という展開になったのである。
「……いいや。仲を取り持つとか、そういう種類のものじゃないんだ。俺の悪ふざけが過ぎた感じかな」
酔っぱらった勢いで、友達である宮本に手を出したことは、口が裂けても言えない。据え膳食わぬはという橋本の考えは、潔癖症な榊にとって奇異な目に映るだろう。
宮本だけじゃなく榊にも嫌われたら、いよいよ立ち直れない。なので悪ふざけという言葉を使って、上手いこと濁した。
「余程、相手の嫌なことを橋本さんがしちゃったんですね。時々おふざけが過ぎるところがありますから」
「いやぁ、面白くてついな。アプリ経由でしか連絡が取れないから、謝るすべがそれ以外なくて困ってる」
何度目かのため息をついて、ハザードランプを点滅させると、榊の住むマンション前に停車した。
「恭介、明日朝は――」
声をかけながら橋本が振り返ったら、後部座席にいる榊は緊張した面持ちで、降りる側の歩道を見つめていた。ハイヤーの傍に誰かが立っているのがわかったのだが、薄暗がりで相手の顔がよく見えない。
「あれ? この人、見覚えがあるな……」
「何だ、恭介の知り合いか」
人通りが少ない夜遅くだったので、強盗の恐れがあると緊張した橋本だったが、榊の言葉でひとまず安心した。
「あっ、そうか。思い出した!」
なんて弾んだ声を出すなり、瞳を輝かせながら勢いよくハイヤーから降りた。その様子に興味をそそられた橋本も、シートベルトを外して、運転席から外に出てみる。