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第16話:失われた人格
朝靄に包まれた廃ショッピングモール。
割れたガラス、草に飲まれたエスカレーター。
風はなく、空気が濃い。
ユイナは、フードを被ったまま立っていた。
隣には――アメト。
小柄で中性的な印象を持つ仲間のひとり。
灰色のミディアムヘアに、水色のマフラー。
寡黙だが、人の感情にとても敏感な少年だった。
「今日はアメトの案内で、ブラックピースの残党がいる場所を探す」
そう言っていたはずだった。
……だが、次の瞬間。
建物の影から、仮面の男が飛び出してきた。
仮面は黒。
表面は鏡のように磨かれており、“見る者の顔”が映るようになっていた。
裏回収者《ノックス》。
コード名“ミラーイーター”。
彼は接触と同時に“対象の自己像”を反転・吸収する特殊型。
アメトが前に出て防御姿勢を取る。
「ここは僕がやる。……ユイナ、待機して」
ユイナが何かを言うより早く、戦闘は始まった。
アメトのマスクは感情操作型《クレイド》。
対象の“揺らいだ感情”を固定して、動きを封じるスキルを持っていた。
彼の目が光る。
ノックスの感情グラフが浮かび、“虚無”が高まった瞬間、封印スキルを放つ。
……だが、効かない。
ノックスはすでに“自我”を削った状態で突っ込んできていたのだ。
感情がない。だから感情スキルが通じない。
そして――
ノックスの仮面が反転し、アメトの姿を完全に写し取った。
アメトがふらつき、マスクが砕ける。
次の瞬間、アメトの身体は崩れ落ちるように消えた。
その場には、彼がつけていた仮面だけが、ぽつんと残っていた。
ユイナは駆け寄る。
だがそこには、声も、記憶も、痕跡もなかった。
ただ、仮面が残されていた。
「……アメト……? ねぇ、返事してよ」
風も、音も、答えなかった。
ノックスは消えていた。
跡には、“奪われたという現実”だけがあった。
その夜。
ユイナは仮面を手にして、じっと見つめていた。
仮面は道具ではない。
人が「演じてきた生きた証」であり、“記憶の遺体”なのだ。
(私は今まで、回収してきた。力のために、願いのために。
でも、あの中には、誰かの“人生”が、確かにあったんだ)
初めて、“奪うこと”に震えた。
力は欲しい。願いも手に入れたい。
でも、自分はどれだけ“誰か”を犠牲にしてきたのか――
彼女の背後には、ホルダーに収まったマスクたちが静かに光っていた。