第17話:ギフト崩壊
夜の山岳研究施設跡。
赤錆びた鉄骨、砕けた天井、電源を喪ったモニター。
そこに、空間ごと“熱”が渦巻いていた。
ユイナはその場に立っていた。
背中には《記憶の仮面:シン》と“アメトの遺仮面”が収まったホルダー。
表情は固く、マントの裾が風に揺れる。
彼女の視線の先には、ギフト保持者の一人――ヴァロがいた。
長身、全身を包む重厚な装甲スーツ。
マスクの中央に燃えるような赤いコアが埋め込まれている。
“守る者”を象徴する鉄壁の防御系ギフト保持者だった。
かつてのヴァロは、暴力を憎み、人を守るためにマスクの力を使っていた。
……だが、今は違った。
彼の背後には、砕かれた仮面が十数枚、崩れた壁に打ち捨てられている。
「おい……ヴァロ……?」
隣にいた元保持者の一人が声をかけた。
その瞬間、ヴァロがゆっくりと振り向く。
瞳がない。
仮面の“中”に、本来の人格がもう残っていなかった。
彼のマスクは、ギフト中枢に接続しすぎたことで自己同一性を失い、
“仮面の意思”が支配権を乗っ取っていた。
「守る……ために、壊す……すべて、壊す……」
低く歪んだ声と同時に、地面が焼ける。
マスクのコアが暴走し、周囲50mを一気に焼き払う熱波が展開された。
ユイナは即座にフェイズモードにマスクチェンジ。
スラスターブレイクで空中へ跳躍し、斜めに飛びながら回避。
視界にはヴァロの“人格干渉数値”が表示され、既に臨界を突破していることが示されていた。
「彼はもう、自分を覚えてない……!」
地面に降り立ち、彼女は《記憶の仮面:シン》を起動。
過去のヴァロの“防御行動”の記録から、攻撃パターンの予測データを抽出する。
だが、それさえも意味をなさない。
仮面に人格が乗っ取られた今、彼は“自分自身の記録”すら裏切る。
攻撃は超重質の腕撃と広範囲重力圧縮砲。
ユイナは辛うじて回避しつつ、カウンターでスキル干渉型のコードリンクを起動。
「戻って……! あなたのマスクは“願い”のためのものでしょ……!」
だが、その叫びは届かない。
砲撃がユイナを襲う――そのとき。
背後から影が走り、ヴァロの砲口にナイフが突き立てられた。
現れたのは、元保持者・フィス。
長い赤髪に、片方だけ剥がれた仮面。
かつてヴァロの相棒だった男。
「お前は、もう“誰でもない”なら……俺が止める」
彼は涙を見せずに、ヴァロの仮面にコードを叩き込む。
「ありがとうな、最後まで俺を守ってくれて」
一瞬、ヴァロの動きが止まり――マスクが音を立てて崩れた。
鉄塊だけが地面に崩れ、ヴァロという人格は、もう戻らなかった。
戦闘後。
ユイナは静かに問いを呟いていた。
(ギフトって……“願い”の力なんじゃなかったの?
なのに、願いにすがるほど“自分”がいなくなるなんて)
彼女の手には、ヴァロの“砕けかけた仮面の破片”が残されていた。
力があるほど、失うものも大きくなる。
仮面を使うとは、“自分を少しずつ削っていく行為”なのかもしれない――