コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
Y岡は朝が嫌いだった。夜明けは彼からすべてを奪っていく。愛しいからさんと愛し合った夜を、ただの夢と変わりなくする朝の光を憎んでいる。目覚めてすぐ視界に入る天井を眺めることの無意味さに気づき、彼は起き上がった。Y岡は、事務所の寝室でまだ眠っている自分の恋人に頬を寄せ、寝息を感じた。身体は汗が引いて冷たい。
身体を離しベッドから降りて、サイドテーブルに無防備に置きっぱなしにされているKのスマートフォンを手に取ってロックを解除した。自分の誕生日がパスコードに設定されていることに僅かな興奮を覚えながら、スケジュールを操作する。そのあとKの手帳を自分の鞄に仕舞った。
「Y岡くん?」
びくっと肩を震わせY岡は振り向く。目覚めたKはまだぼんやりとした目でY岡を見つめている。バレたか? なんと言い訳したらいい。思考を巡らせるY岡の脳は、彼に笑顔を作らせた。背筋を伸ばし、笑顔でいれば大抵のことは乗り切れると、Y岡は経験から学んでいる。おはようございますからさん、早いですね。ベッドに戻り、起きたばかりの恋人にくちづける。やわらかい。Y岡はすでに、すべてを包み込むような豊満な肉体の虜だった。そのまま跨ると、「朝からするナリか?」とKは困った表情を浮かべた。
「だめですか?」
「だめじゃないナリ。まだ出廷まで時間あるナリ」
「……なに言ってるんですか? それは明日ですよ」
「そうだったナリか? 当職勘違いしちゃったナリ」
「ふふ、あとで予定表を確認してくださいね」
はいナリ、と言ってにっこり笑うKにY岡は欲情する。なんて愚かなんだろう。馬鹿で、無能で、僕がいなくちゃ何もできない彼のことが愛おしくてたまらない。
シャツを床に脱ぎ捨てたY岡は「あ」と声をあげる。
「ごめんなさい」
「どうしたナリか」
「えっと……僕、汗臭いかも」
狭いシャワールームでY岡は湯を浴び、歯を磨いた。シャワーの湯が回転しながら排水溝に吸い込まれていく。自分の中に渦巻く潮流のような何かとそれが重なった。ふいに、「Y岡くん」と声をかけられる。ざあざあという水音で、Kの声がよくY岡の耳に届かない。
「出廷は明日でいいナリよね」
違う。バカどもが地裁に集まっているのは今日だ。そんな奴らの視線に、僕の大事な人を晒してたまるか。だがY岡は「そうです」と答えた。そうナリか、とKは答える。落胆の混じった声で。
「Y岡くん」
「なんですか?」
「当職、いつか誰の視線も気にしないで、Y岡くんと手をつないで外を歩けたらいいと思うナリ」
シャワーのノイズでKの声が遠ざかっていく。Kは受け入れているのだ。Y岡がついた、どうせ明日になったらバレる愚かな嘘を。