テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
4,767
80
150
友ゴリラ
1,059
第220話:いざロケ出発〜ヒモ社長の奴隷労働と、遠足気分の野生児〜
北海道、帯広市。
時刻は、午前五時三十分。
太陽がようやく顔を出し始めた早朝の冷え込みの中、俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、息も絶え絶えになっていた。
「……はぁ、はぁっ……。重い……マジで重い……!」
俺の目の前にあるのは、一日三千円で借りてきた最安値の軽バン(レンタカー)だ。
そして俺の背中には、総重量二十五キロにも及ぶ、ロケ機材一式が詰め込まれた軍用の巨大バックパックがのしかかっている。
エウリアン(絵画商法)に騙されて背負った500万円の借金を返し、月給10万円のヒモ社長生活から抜け出すための、社運を賭けたプロジェクト『やまむすめ』。
その第一回ロケの経費を極限まで削るため、社長である俺自らが「無給のカメラマン兼荷物持ち兼ロケバス運転手」となることを宣言してしまった結果がこれだ。
ズンッ、とバックパックを軽バンの荷台に放り込むと、車体が「ギシッ」と悲鳴を上げた。
「よし……。なんとか積み込んだぞ」
俺は腰をトントンと叩きながら、運転席に乗り込んだ。
スマートフォンをダッシュボードに固定し、ディスコードの通話ルームを立ち上げる。
『おはようございます、限界社長。昨晩は恐怖で眠れましたか?』
冷徹秘書である結愛(ゆあ)の氷点下ボイスが、スピーカーから響いた。
「眠れるわけないだろ。ジェミニ先生に生存確率2.5パーセントなんて言われて、誰が熟睡できるんだよ」
『……あー、社長ぉ、顔マジで死んでるっすよぉ。まぁ万が一の時は、うちで最高の追悼動画作ってあげるんで安心してくださいよぉ……ふわぁ』
海外スタッフのヨモの相変わらず無神経なエールを受け流し、俺はエンジンをかけた。
「とにかく、まずは主役を迎えに行くぞ。……待ち合わせ場所は、帯広駅の南口だな」
俺は軽バンを走らせ、早朝の誰もいない市街地を駅へと向かった。
駅前のロータリーに到着すると、そこにはすでに、小ぶりなリュックを背負った元気いっぱいの少女が立っていた。
彼女こそが、厳しいオーディションを勝ち抜いた最強の原石、日向(ひなた)だ。
車を止めると、彼女は満面のアイドルスマイルで助手席に乗り込んできた。
「おはようございますっ! ルシフェル社長!」
「お、おう。おはよう、日向ちゃん。朝早いのに元気だな」
「はいっ! 私、山に行く前日はいつも遠足みたいにワクワクしちゃって、全然眠れないんです!」
日向の顔には、疲労も緊張も一切ない。
これから過酷な沢登りに挑むというのに、まるで近所の公園にピクニックにでも行くような軽装とテンションだ。
俺の二十五キロの機材と比べ、彼女のリュックは中身がほとんど入っていないように見える。
「……なぁ、日向ちゃん。そのリュック、ずいぶん軽いな。食料とかはどうしたんだ?」
俺が尋ねると、日向はえへへと笑った。
「今日の企画は【究極の自給自足サバイバル】ですから! お水と少しの調味料、あとはサバイバルナイフしか入ってません! 食べ物は全部、山に入ってから現地調達しますよ!」
そうだ、そうだった。
今回の企画は、彼女が大自然から食料を調達し、火を起こして食べるというものだ。
『ルシフェル様、出発してください。配信開始予定時刻まであと二時間です。それまでに登山口となる沢の入り口に到着し、機材のセッティングを終える必要があります』
結愛の指示に従い、俺は軽バンを日高山脈の麓へと走らせた。
車内には、日向の明るいお喋りが響いている。
「社長さん、今日は最高の景色を見せますからね! 沢の水も冷たくてすっごく気持ちいいんですよ!」
「ああ、それは楽しみだな……。俺は苔で滑って機材を水没させないか、そればかり心配だけどな」
四十歳のボロボロのオッサンと、エネルギーの塊のような二十歳の野生児。
この強烈なコントラストは、そのままインフィニティ・ワンの現状の縮図だった。
「あ、そうだ! 社長さん、朝ごはん食べました? 私、結愛さんから『社長の分のご飯はない』って聞いてたので、こっそり社長さんの分のおにぎり握ってきたんです!」
日向がリュックから、ラップに包まれた大きなおにぎりを取り出した。
「えっ!? お、俺にくれるのか!?」
俺は思わず涙ぐみそうになった。
最近は結愛から配給される塩昆布と玄米しか食べていなかった俺にとって、他人が握ってくれた温かいご飯など、最高の贅沢だ。
だが、ディスコードから結愛の冷酷な声が飛んだ。
『日向。そのおにぎりは、ルシフェル様に渡してはいけません』
「えっ? でも結愛さん、社長さんが可哀想ですよ……」
『同情は無用です。ヒモ社長の分際で、タレントから食料を恵んでもらおうなどと言語道断。社長、貴方には私が昨夜持たせた【特製弁当】があるはずですよね?』
「……ああ、あるよ」
俺は泣く泣く日向のおにぎりを辞退し、自分のダッシュボードから結愛の「特製弁当」を取り出した。
タッパーに入っていたのは、見事なまでに茶色い【塩昆布をまぶしたパサパサの玄米】だった。
「……いただきます」
俺は信号待ちの間に、味のしない玄米を口に運んだ。
隣では、日向が「本当にいいんですか……?」と申し訳なさそうにしながら、具沢山の鮭おにぎりを美味しそうに頬張っている。
法人口座には何百万ものスパチャが眠っているというのに、社長の朝食は塩昆布玄米で、新人タレントは鮭おにぎり。
これが、日本の税法とエウリアンの借金が生み出した、社長と従業員の絶対的な格差だ。
(くそっ……! 絶対に今期で売上を爆発させて、来期は俺も毎朝美味い鮭おにぎりを食ってやる!)
俺は口の中のパサパサの玄米を、ドス黒い執念と共に噛み砕いた。
車は市街地を抜け、徐々に景色は人工物から大自然へと変わっていく。
舗装された道路はいつしか途切れ、ガタガタと揺れる未舗装の林道に入った。
『社長さん、もうすぐですよ! あのカーブを曲がった先が、入り口です!』
日向の指差す先、林道の終点に車を停める。
エンジンを切ると、窓の外からは圧倒的な【自然の音】が押し寄せてきた。
ゴォォォォォォッという、川の激しいせせらぎ。
周囲を囲む、壁のように切り立った原生林の威圧感。
「……ここが、今回のロケ地か」
俺は車から降りて、目の前に広がる景色を呆然と見上げた。
「はいっ! ここから沢に入って、二時間くらい川の中を登っていくと、すっごく綺麗な滝壺があるんです! そこで火を起こして、山菜料理を作ります!」
日向はリュックを軽々と背負い、嬉しそうに川を指差した。
ジェミニ先生のデータ通り、ここは遊歩道も看板もない、正真正銘の「道なき道」だ。
『ルシフェル様、感傷に浸っている暇はありませんよ。機材を下ろし、配信の準備を始めてください。同接五万人のリスナーが、貴方たちのサバイバルを待ち構えています』
結愛の声で我に返った俺は、軽バンの荷台から、悪魔のような重さのバックパックを引きずり出した。
「ふんぬぅぅぅっ!!」
気合と共に肩に紐をかけ、立ち上がる。
ズシリと腰椎を圧迫する二十五キロの質量。
これから、この重さを背負って、苔むした岩だらけの川の中を二時間歩き続けなければならないのだ。
俺の生存確率2.5パーセントの戦いが、今ここから始まる。
「よし……行くぞ、日向ちゃん! 俺たちのインフィニティ・ワンの社運を懸けた大一番だ!」
「はいっ! ルシフェル社長、絶対に大成功させましょうね!」
四十歳のボロボロのヒモ社長と、愛嬌たっぷりの野生児VTuber。
カメラの電源をオンにし、俺たちはついに、北海道の過酷な大自然という名のステージへと足を踏み入れた。
コメント
1件
いやー、今回もめっちゃ面白かったです!🥀 社長が25キロの機材背負ってゼェゼェ言いながら、日向ちゃんは遠足気分で軽装備っていうギャップがもう最高すぎて笑いましたw そして結愛さんの「特製弁当」が塩昆布玄米だけって容赦なさすぎるし、日向ちゃんがこっそりおにぎり握ってきてくれた優しさにじーんとしました…😢 「来期は鮭おにぎり食べる」ってドス黒い執念燃やしてる社長、めっちゃ応援したくなります! この過酷なロケ、無事に成功してほしいなって心から思いました🌙