「呑み会?
誰が来るんだ」
すぐに言わねば殺されそうだったので、秘書室に戻ってすぐ、夏菜は指月に訊いてみた。
「あ、えーと。
よくわからないんですけど。
さっき、呑み会やろうって話になって、指月さんもぜひって」
と言うと、
「ああ、さっき見た。
お前たち、近くのカフェにいたな」
あのメンバーか、と指月は仕事をしながら言ってくる。
職場のすぐ側なので、たまたま通りかかったようだった。
「そうなんですよ。
えーと……元田さん、水原さん、あと、名字わからないんですけど、彩美さんと……、柴田さん」
――は、関係ないか、と思ったが、指月は、
「柴田となら行ってもいい」
と言い出す。
「いや、女子と行ってくださいよ。
女子、お嫌いですか」
「別にお嫌いではないが。
そんなに積極的に好きでもないな。
やかましいし、いちいちなんでも突っ込んで詮索してくるから」
好きな人のことはいろいろ気になるから訊いてくるんではないですかね、と思っていると指月が言ってきた。
「……と言って、男が好きなわけでもないぞ。
男は無理だったから」
無理だったからっ!?
なにか試してみたんですかっという目で上林とたまたまいた黒木も指月を見る。
指月は妄想の中で、夏菜の代わりに有生を抱き寄せてみたときのことを言っていたのだが、そんなことを夏菜たちが知る由もなく。
みんな、いろいろ想像を巡らせながら、
「ちょっと出てくる」
と言って、二、三枚の書類を手に出ていく指月を見送った。
……何故、男が好きなわけではないのに、無理だったな状況が生まれるのでしょうね。
指月さんほどの人だと、男の方にも迫られたりするのかもしれませんが。
しかし、無理だった、か。
指月さん、一度はその人の期待に応えようと思ってみたのでしょうか。
などと思い巡らせながら、廊下を歩いてた夏菜は、利南子に出会った。
「あんた、指月さんに訊いてくれたっ?」
と案の定、早速、訊かれる。
訊いておいてよかった、と思いながらも、夏菜はつい深刻な顔で言っていた。
「指月さん……、無理かもしれませんよ」
「は? なんで?」
と訊き返される。
あのメンツで呑み会か。
話振ったからには、藤原もいるのだろうかと思いながら、夏菜より先に戻ってきた指月は、夏菜のいないデスクを見ていた。
「しかし、いいですねえ、コンパとか。
もう我々には縁のないものですが。
ねえ、黒木さん」
と上林が言い、黒木が頷く。
「コンパなんですか? さっき藤原が言ってた呑み会」
「きっと指月さん目当てですよ」
ひひひ、と上林が笑う。
……コンパか。
なら、藤原は来ないのだろうかな。
そんな社長に不義理になるような場所にはいかないか。
いや、人付き合いが良さそうだから、付き合いで来るのかもな。
まあ、なにかめんどくさいことになりそうだから、行くのやめとくか、と書類をまとめるのと一緒に考えをまとめ、ちょうど帰ってきて、ドアを開けた夏菜に、
「藤原、俺はやっぱり行かない」
と唐突に言って、ノブを持ったままの夏菜に、ええっ? という顔をさせてしまった。
「失礼します」
夕方、社長室を尋ねた指月は突然、有生に、
「お前、コンパに行かないと言ったそうだな」
と言われた。
やはり、コンパだったのか、と思いながら、
「いけませんか?」
と訊く。
「今後のために行っておいたらどうだ」
とかよくわからないことを言い出す有生に、
「今後のためってなんですか。
私を追い払おうと……」
と言いかけ、指月は自分で、おや? と思った。
一体、なにから自分を追い払おうと?
なにから?
……藤原から?
いやいや、俺は社長みたいに趣味は悪くないから、あんな女は好みじゃないし、と思いながら、
「ともかく行きません」
と言って部屋を出た。
秘書室に戻ると、夏菜がパソコンの画面を見つめて、じっとしていた。
一見、隙だらけに見えるが、後ろからつついてみたらどうだろうか、とふと思う。
まあ、投げ飛ばされるだろうな、俺でも、などと思いながら、自分はまだ彼女を見ていたらしい。
夏菜がビクつきながら、訊いてくる。
「ど、どうしたんですかっ。
指月さんっ。
あっ、そうだっ。
やっぱり、来てくださいませんか、呑み会っ。
でないと私、殺されますっ」
さっき、トイレで利南子さんに会ったんですっ、と言う。
「出席しないと誰かが殺されるような危険な呑み会には行きたくない」
いや、そうじゃなくてですね~っと言った夏菜は手を合わせ、拝むような仕草をして言ってきた。
「お願いしますっ。
一生恩に着ますからっ」
「一生……」
「はいっ。
恩に着ますからっ」
と多少食い気味に夏菜は言ってくる。
自分の席に着きながら、
「わかった。
考えておく」
と言うと、夏菜はホッとした顔をしていた。
一生か。
……それは一生俺のことを忘れないということかな。
社長と結婚しても。
社長と結婚して、此処に来なくなっても。
まあ……そんなこと、別にどうでもいいんだが、と思いながら、
「ところで、何日だ」
とパソコン横のカレンダーを見ながら訊いてみた。
「あっ、ありがとうございますっ。
日にち決めたら、追って連絡いたしますっ」
と夏菜が慌てて言う。
いや、まず、決めておけ、と思いながら、もう一度、カレンダーを見た。
ところでお前も来るのかという肝心な一言が、どうしても口に出せないまま――。
うーむ。
早く日にち決めないと、指月さんの気が変わってしまうかも、と思いながら、夏菜は帰り支度をしていた。
すると、有生が秘書室のドアを開け、顔を覗けて言ってきた。
「夏菜。
もうちょっとかかるから待ってろ」
「あ、はい」
と言うと、上林が、
「なにやら新婚さんみたいですね」
と言って笑う。
いやいや、そんな新婚さんとか。
いやいや……。
いやいやいや、と思いながら、夏菜はもう一度、腰を下ろし、鞄を開けた。
仕事は終わっているので、ちょっとスマホなどチェックしてみる。
利南子からなにか入っていそうな気がしたからだ。
すると案の定、怒涛の勢いで、
『あれから、どうなった?』
『指月さん、オッケーになった?』
『イケメンは?』
『他にイケメンはいないのっ?』
とコンパの話が、なにかに燃えている感じのスタンプとと交互に入っていた。
ひいっ。
文字による暴力ですっ、と怯え、既読にしてしまったのに、思わず一度閉じてしまう。
そして、正気に返って、ちまちまと打ち返した。
『日にちによっては、指月さんオッケーのようです』
すると、すぐに既読になり、
『じゃあ、指月さんの日程に合わせるから、指月さんに、いつがいいか訊いてっ』
と入ってきた。
顔を上げ、
「あの、指月さんは今、どちらに?」
と上林に訊いたが、
「さっき出て行かれましたね~」
と帰り支度をしながら言ってくる。
夏菜は上林に礼を言いながら、急いで打った。
「指月さんから日程訊いたらすぐにご連絡致します」
ははあ~っとクマが土下座しているスタンプを送る。
利南子はそれで満足したらしく、今度は可愛いらしいスタンプが送られてきた。
うさぎが、ちゅっとやっている。
こういうスタンプ、女同士でやりとりするときには、なんとも思わないのですけどね、と思っていると、有生がやってきた。
「帰るぞ、夏菜」
「ラブラブですね~」
と上林が何故か自分の方が照れたように言ってくる。
いやいや、なにもラブラブではないですよ。
帰るぞって言っただけじゃないですか。
黒木さんも一緒ですしね、と照れながらも思ったのだが、有生は今日は黒木に送ってもらうのは断っていたようだった。
「ちょっと時間あるか?
広田とちょっとだけ呑みに行くんだがついて来い。
加藤さんには遅くなるかもしれないと連絡してある」
と言ってくる。
「あ、はい。
わかりました」
となんだかわからないまま、夏菜は有生について行った。
「ほう。
やっぱり、その子と結婚するのか、おめでとう」
広田雅道は仲間内の行きつけだというホテルのスカイラウンジで待っていた。
「まあ、似合いな感じだな。
それにしても、よくお前が結婚に踏み切ったな」
と言われ、有生がなんとなく祟りの話をすると、
「……あるかいまどき、祟りとか呪いなんて」
と雅道は言う。
「いやあ、呪いはありますよ」
と薄暗い、雰囲気のある店内で夏菜は言う。
こんな小洒落た空間で話してもピンと来ない話題だなと思いながら。
「植えると必ず枯れる呪いの植木鉢とか」
「何処で買ったんだ……。
なにかが有毒なんじゃないのか?」
「一冊抜くと、本がどっと落ちてくる呪いの本棚とか」
「入れ方がおかしいんだろ」
と雅道に言われ、有生に言われる。
「可愛いけど、変わってるな、お前の彼女。
やはりお前と似合いな感じだ。
よし、藤原夏菜。
有生の嫁として、俺が認めよう」
と雅道が言ってくる。
こ、此処はありがとうございますっ、というところなのでしょうか……?
でもそう言ったら、結婚が確定になる感じですよね、と往生際悪く思う夏菜の横で、有生が雅道に言う。
「なに偉そうに言ってんだ」
喧嘩腰な口調ではあったが、ちょっと嬉しそうだったので、夏菜も照れて、俯いた。
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