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「ああ。夢でよかった」
私はよくそんなことを言いながら起きる。
悪夢を見るのだ。
とても、とても怖い夢。 でも、内容はハッキリしない。
なんだかよくわからないけど、怖いという印象だけは覚えている。
そんな曖昧で抽象的な夢。
それが私の悩みの種。
ある日、私は友人に夢の話をしてみた。
友人は怖い話が好きなので、私が話し出すと腰を浮かせて目を輝かせた。
最後まで話を聞いて、友人は少し考える素振りをした。 それから、当然の疑問を投げかける。
「それって、どんな夢なの?」
上手く答えられなかった。
本当に何も覚えていないのだ。起きた時には、「怖い」という感情しか残されていない。
しばらく迷った挙句、素直にそのことを伝えてみる。
すると、友人はこんなことを言い出した。
「それは起きてしばらく経ったからでしょ? 起きてすぐに日記を書けばいいんだよ」
「日記?」
私は答えた。
そして、友人は続けて言う。
「そう。日記。夢日記。これ、やってる人結構いるんだよ。夢ってすぐ忘れちゃうじゃん? だから、日記に書いて記録するの。そうすれば、ユメも忘れない」
世の中には変わったことをする人がいたものだ、と思う。
しかし、確かに私は起きてすぐ忘れているというより、少しぼうっとする時間がある。
夢日記は、確かに効果的かもしれない。これなら夢を忘れないだろう。
そんなことを考えていると、友人が「でもね」と声を落として言う。
「夢日記を続けてると、精神がおかしくなっちゃうんだって。だから気をつけなよ。あはは」
精神がおかしくなるとはどういうことか。
それは、夢と現実の区別がつかなくなるということなのか。
私はうすら寒いものを覚える。何か不吉な予感がする。
だが、恐れより好奇心が勝った。長年の悩みがこれで解決できるかもしれない。
夢の正体を知れば、案外大したものではないのかもしれない。
幽霊の正体を見たり枯れ尾花というやつだ。この場合、幽霊ではなく夢なのだが。
「じゃあ、私やってみるよ」
私はそう宣言した。
というわけで、私の夢日記生活が始まった。
夢日記1日目。
友人に言った手前、 私も夢日記を始めてみることにする。
友人と話すネタになるし、何より私の好奇心は夢日記の危険性に抗えなかった。
それに、悩みの種もなくなるかも知れないわけだし……。
果たして、この先どうなることやら。
さて、本題に入る。今日見た夢は以下のようなものだった。
私は舟の上にいた。小さくて、頼りない木船である。
水の流れに任せて、ゆっくりと前進している。
辺りは霧が立ち込めていて、空は曇っていた。 先が見通せず、朧げな不安を覚える。
視界に映るのはグレー一色。ただそれだけ。
静かな空間だった。
かすかに風が空気を震わせ、肌に伝う感覚以外に何もない。
ただただ、舟は水上を揺れ動く。
と、そこで遠くにうっすらと影が見えた。
細長く黒い影。
一瞬、なぜだか化け物だと思った。
とても恐ろしく感じた。
しかし、それは誤りだとすぐに気づく。
よく見ると、その影は私の両脇に見え、後方を振り返るとそこにもあった。
「これは」
どうやら木の影のようだった。周囲を囲むように植っているようだ。
ほっと胸を撫で下ろす。なんだ、大したことないんだ。
私の気持ちを反映するかのように舟は未だのんびりと進んでいる。
そこでふっと映像が途切れる。
いや、正確には思い出せないのだ。忘れている。
なんだかもやっとする終わり方だが、やはり「怖い」という印象が心に残る。
そして、私は夢でよかったと安心する。なぜだかわからないままに。
1日目はこんなものだった。なんだか拍子抜けする。
これで、本当に精神に異常をきたすのだろうか。 とてもそうは思えなかった。
とにかく、続けてみて変化がないか確かめてみよう。
それでは、また明日。
夢日記2日目。
友人とは夢日記のことを話して盛り上がった。なんと、友人も似たような夢を見たのだと言う。
夢というのは個人差があるものだが、偶然の一致というやつか。
まあ、私が見た夢は別段何かが起こったわけでもなく、ただ舟で前へ進んでいくだけだから、大したことはないのだが。
友人が見た夢は舟で進んだ先から、わずかに音が聞こえたのだという。
どんな音かと尋ねたのだが、ざわざわとしていてよく分からなかったらしい。
これだけ聞くと、また大したことはない夢に映ることだろう。
しかし、驚くことなかれ。
なんと私も今日、ざわざわとした音を聞いた。
そう。2日続けて同じ夢を見たのだ。
遠くの方で、何かが騒いでいるような音だ。何かは分からない。
そのことを話すと、友人は驚いた。
友人も、昨日の夢の続きを見たらしい。そして、音がより近くなったのだという。
不思議なこともあるものだ。同じ夢を立て続けに2人とも見るなんて。
また、何かあれば日記に書く。
夢日記3日目。
音が近くなった。ざわざわが強くなる。
相変わらず夢の中では木船がゆらりと浮かんで、木々に囲まれた霧中を突き進んでゆく。
新しい発見としては、私は夢の中の自分自身の服装を確認したことがある。
新しく買ったカーディガンを羽織り、着古したスウェットパンツを履いていた。
これは私が日常よくする服装である。
しっかりと現実の服装に合わせて夢も見るのだということが何だか新鮮に感じられた。
服というのは、私の肌も同然のメルクマールである。
紛れもなく自分自身がそこにいるのだということを強く実感した。
友人にそのことを話すと、次からは自分も確認すると言っていた。
私は夢の中で動けるのかと尋ねた。私の場合、映画を観るように映像が勝手に流れているイメージだったからだ。
友人は2日目から自由に首を動かせるようになったと言った。
これは、明晰夢というやつだろう。夢を自覚的に見られる人特有の現象だ。
少し憧れを覚えつつ、その日私と友人は別れた。