慣れた手つきで窓ガラスを割ると鍵を開けて真っ暗な室内に二人の不審者が忍び込む。
親指ほどの大きさの懐中電灯を点け辺りを照らし、住人がいないことを確認する。
住人がいないこと、警報装置が無いことを確認した二人の男はアイコンタクトを取り、一人は二階に上がり、一人は一階で金目の物を探す。
二階の部屋に入るとそこはクイーンサイズのベッドが置かれた寝室だった。
(…さて、金目の物はっと…)
男は懐中電灯を口に咥え、手あたり次第タンスからクローゼット、ベッドの下に至るまで漁っていく―――。
(変な臭いがするな…)
一階で金目の物を探していた男は、リビングを漁りながら部屋に漂う何とも言えない臭いが気になっていた。
(なんか腐ってんのか?)
思って台所に行ってもシンクの中は綺麗で、生ゴミが放置されているわけでもなかった。
(当たり前か…長期の海外出張に行ってるのに生ゴミなんか放置しねぇよな)
冷蔵庫を開けて見ても調味料やペットボトルのお茶が入っているだけで異臭を放つ物は見当たらなかった。
(こっちか?)
臭いに誘われるように男は奥へ進んでいく。
洗濯機の前を通り、洗面台の前を通り過ぎたところで男は足を止めた。
臭いは、風呂場から漂っていた。
「ここからだ……」
正直、ただならぬ気配も感じた。
男の本能がその戸を開くことに警鐘を鳴らす。
”開けてはいけない”と。
だが、恐怖より好奇心が勝ってしまったのだろう、男は恐る恐る手を伸ばし、戸を開けた。
「ひっ!」
暗い浴室に灯りを向けると、そこには血濡れた床と無造作に転がった右手が”二つ”。
「う、わ…」
さらに奥に灯りを向けると、人がうつ伏せで血塗れの浴槽に浮かんでいた。
「いっ!」
しかし、よく見ればそれはバラバラにされた人だった。
両手足と頭の無い胴体、切断された“複数の”手足、いくつもの内臓が真っ赤な水面にプカプカと浮いていた。
「ハッ…ハッ…」
男は恐怖と驚きでまともに息が出来ずにいた。
「なんで…こんなものが…うおっと!」
踵を返そうとして、床を濡らす血に足を取られて尻もちを付いた。
「ってぇ…」
転んだ拍子に手から落ちた懐中電灯を拾うため手を伸ばし、そして、気がつく。
浴室の隅に置かれた、若い男女の生首。
「なっ…」
空っぽの眼窩から真っ赤な血が涙を零すように垂れていた。
「うぐっ…おぇ…おぇぇえ」
吐しゃ物が足元を汚す。
「おえっ…なに…なんだよ…これ…ヤバい…ああ…こ、子供も…」
浴室の床に置かれた洗面器の中に、まだあどけなさを残した女の子の生首が入っていた。
その両目には鉛筆が突き刺さり大きく開いた口からは今にも悲鳴が聞こえてきそうだった。
「うぐっ…」
再びせり上がってきた胃の内容物をどうにか飲み込みゆっくりと立ち上がる。
「と、とにかく…先輩に…言わないと…」
そう呟いて振り返ると、男の後ろには見知らぬ青年が立っていた。
「ヒッ…」
その手は、着ている服は、白磁のような顔は、返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。一見しただけでこの青年が三人を殺した犯人であるということがわかった。
「ああ…見てしまったんですね…」
残念そうに言いながらもその口元には薄っすらと笑みを浮かべていた。
「あ、いや」
男は手が、足が震える。
「ならば…貴方も仲間に入りましょう」
優しく、囁くように言われた瞬間、背筋に冷たいモノが走る。
「い、あ」
「あの方たちも、別に家族というわけではありませんし」
「え?」
「他人が混ざったところで、気にはしないでしょう」
にっこりと微笑む青年。
「ヒッ…いや」
退路を塞ぐように後ろ手で浴室に扉を閉めた。
(高級時計が二つ…)
二階にいた男は戦利品を数えながら階段を降りる。
(小さいがダイヤのネックレスと指輪もゲット)
「悪くねぇな」
売れば幾らになるだろうかと考えていると、一階の奥から「あああぁぁぁ」という声のようなものが聞こえた。
「ん?なんだ?あいつの声か?」
男は声のする方へと足を運ぶ。
ギョリ…ギョリ…
それは実に耳障りの悪い音だった。
「いだいいだいいだい!!」
生命の危機を感じさせるような声。
「うぎゃぁぁあああああ!」
そして、悲鳴。
「な、なんだ…この声は」
背筋に悪寒が走り、それでもその声がする方へと歩みを止めることはできなかった。
「あ、うぶっ…うあ…おえっ…」
ガリ…ガリ…
何かを削るような音や声は台所の奥から聞こえてきた。
「もう…やめ…やめて…」
「この声は…」
ベキッと何かが折れる音がして「うぎゃぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」という絶叫が聞こえた。
その声はお風呂場からしていた。
ベキッとまた何かが折られる音が。
「あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
バキッ!
「お゙お゙お゙お゙お゙っ」
「…おい!!どうした!?」
「あ、あ、ぜ、ぜんばい…」
「大丈夫か!?」
お風呂場の扉を押したが、びくともしない。
「おい!どうなってんだ!!」
「じぬっ!じぬっ!ごろざれんぶぶっ」
「おい!おい!!」
扉を叩くがどうにも開かない。
ぐちゅぐちゅ…と粘質な音がして、「うおぉぉぉおお…じぬ…じぬ…」という声が聞こえる。
何かが中で行われていると思われるが、声が聞こえるということはまだ相棒は生きているということだ。
「ゲホッゲホッ!!」
「くそ!!開けろ!!」
「ぜ、ぜんばい…逃げ…逃げて…」
「うるせぇ!お前を置いて行けるか!!」
「あ、あ、あ、あ…やだやだやだやだ!!!」
「おい!どうした!!」
「ぎゃぁぁぁあああああ!!」
「おい」
そう言った瞬間、お風呂場の扉に真っ赤な鮮血が飛び散った。
「え…」
それも、扉の半分以上を真っ赤に染めるほどの量だった。
「おい!どうした!おい!なんか言え」
ゆっくりと戸が開く。
「どうし」
言葉が続かなかった。
中から出てきた青年は、至極楽しそうな笑みを浮かべ顔や髪から真っ赤な鮮血を滴らせていた。
「おま…え…」
「さぁ…次は貴方ですよ?」
腕を掴んできた手も血で真っ赤に染まり、「ひぃっ」と反射的に小さな悲鳴が零れる。
「大丈夫…一緒に死ねば、怖くないでしょ?」
「や、やだ」
掴んできた腕を引き剥がそうとして手を伸ばすと、青年は容赦なく男の腹部に包丁を突き刺した。
「あっぐ…」
「どこから失いたいですか?腕?足?…あっ!指から、なぁんていう選択肢もありますよ?」
「やだ!やだ!やだ!!!」
しかし、抵抗虚しくお風呂場に引きずり込まれ、バタンッと無情にも扉が閉められる。
「あ、あ、あ、あ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」
近所の家から異臭がする、と通報を受け警察が駆け付けたところ、磯崎伸輝(いそざき のぶてる)さん宅から複数の惨殺死体が発見されました。警察は死体の身元を調べると共に、この民家の持ち主で現在海外に出張中の磯崎さんに詳しい事情を聴いているとのことです―――。
■了■
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