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和也の家で勉強会を開く日曜日になった。拓馬は明菜と待ち合わせして、一緒に自転車で向かう。明菜が「和也君の家を見たら驚くよ」と言っていたが、実際目の前にすると驚いた上に圧倒された。道に面している敷地の長さはゆうに三十メートルは超えていそうだし、塀が高くて中の建物が見えない。
「ね、凄いでしょ」
「本当に凄いな……」
県営住宅の実家と比較にもならない家だ。拓馬は和也との格差に気持ちがへこんだ。
――いや、彩はそんな事で男を選んだりはしない。俺の実家を見て以降も全然態度を変えなかったんだ。
こんな事で怖気づかないように、拓馬は自分を励ました。
インターフォンを押すと、和也とすでに来ていた彩が一緒に出て来て、拓馬と明菜を「いらっしゃい」と出迎える。実家の格差より、拓馬にはこちらの方がショックだった。まるで新婚の若夫婦が親友夫婦を出迎えるようで、事実、和也と彩の二人にはそう言う意識があっただろうから。
「これ、クッキーを焼いてきたの。後で食べよう」
明菜が持って来た手作りのクッキーを和也に渡した。
「あ、俺も手土産があるんだ。俺が一番好きな店のケーキを買ってきたよ」
拓馬は途中で買った洋菓子を和也に渡す。
このお菓子には仕掛けがある。拓馬は好みが同じだとアピールする為に、彩がお気に入りの、ハイジ・アンド・ユーと言う店のレアチーズケーキを買ってきていた。昨日の占いは今日の作戦の伏線だったのだ。
「あっ! このハイジ・アンド・ユーのレアチーズケーキ、俺も大好きなんだよ! ありがとう」
和也が中を見て嬉しそうにそう言った。
「えっ? 和也も好きなのか? 彩は?」
和也の意外な反応に戸惑う拓馬。
「私も和也君に勧められて食べたけど、普通かな。でも、和也君は本当にここのレアチーズケーキが好きだよね」
拓馬は一瞬訳がわからなくなった。いや、理解はしているが、認めたくなかった。彩がこのケーキが好きだったのは、死んだ和也を想っての事だったのだ。
「さあ、時間が勿体ないから、早く勉強しよう」
明菜が拓馬の様子のおかしくなった事を察して、みんなを促した。
和也の部屋は、拓馬の部屋の倍以上は広かった。綺麗に片付けられた洋室で、壁にポスターどころかカレンダーすらなく、センスの良い大人の雰囲気がある。部屋の中央にローテーブルを二つ並べて、勉強スペースを作っていた。
勉強が始まると、拓馬は二人を気にする余裕もなく集中した。ここ数日、学校の授業に、予想以上に付いていけないのだ。まだ電気分野の専門学科は良かったが、中学生の頃から苦手だった英語は全くわからなかった。
「どれ、わからないところを見てあげようか?」
切りの良いところで、明菜が横にいる拓馬に声を掛ける。
「ありがとう。英語が本当に苦手だから助かるよ。ここからここまでのページを和訳したいんだけど……」
「えっ、もしかしてこれが教科書なの?」
「えっ、そうだけど……」
明菜は拓馬が差し出した教科書の薄さに驚いた。
「ええっ、こんな薄さで一年分なの? しかも毎ページのように挿絵が付いているし」
「当たり前だろ。挿絵が無いと内容を推測出来ないじゃないか」
「絵から推測してどうするのよ」
工業高校の英語など中学生レベルだったので、拓馬の教科書は普通科に通う明菜からすれば信じられない物だった。
「でも、工業高校って専門知識の授業や実習があって大変なんだろ」
「そうよね。即戦力を育てる学校だから」
和也と彩が、横から拓馬をフォローする。
「いや、即戦力って言っても実際はそんなに簡単には身につかないんだよ。学校では広く浅くの勉強になるし、就職した会社の業種によっては全然使わない知識も多い。働き出してから覚える知識の方が多いから、普通科から入社してもそんなに差が無いくらいだと思う。常に学ぶ意識が大切なんだ。まあ、これはどんな仕事にも言える事だけどね」
拓馬は六年間の社会人生活の経験からスラスラと持論を演説した。社会人とすれば当然とも言える話だったが、まだ高校生の三人には経験豊かな大人の言葉に思えた。
「拓馬は凄くしっかりとした考えを持っているんだな」
「うん、就職を視野に入れて勉強している人は違うよね」
和也と彩は皮肉ではなく、本気でそう思っているようだった。明菜だけは正体をしっているので、調子にのった拓馬を肘で小突いた。
「さあ、今は英語の勉強でしょ」
仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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