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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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勉強を始めて二時間程経った午後三時過ぎ、四人は休憩を取っていた。和也の淹れてくれた紅茶と持ち寄ったおやつで楽しく談笑していた時に、明菜が「ちょっとお手洗い」と言って席を立つ。
明菜が部屋を出てすぐ、拓馬の携帯にメールが入る。着信音はRCサクセションの「雨上がりの夜空に」だった。メールの送信元は明菜で、拓馬が事前に頼んでいたのだ。
「あっ、メー……」
「あっ、その着信音、『雨上がりの夜空に』だろ? 拓馬もRCのファンなのか? 俺も好きなんだよ!」
拓馬の言葉を遮るように、和也が嬉しそうに言った。
「ええっ、和也はRCのファンなのか!」
拓馬は驚いて声を上げた。
「ねえ、これは誰の曲なの」
彩が嬉しそうな和也を見て、興味を覚える。
「RCサクセションと言うバンドの『雨上がりの夜空に』って曲だよ。凄く好きなバンドだったけど、ボーカルの忌野清志郎はもう死んでしまったんだ。活動休止していた古いバンドだったから、彩にも言った事は無かったけどね。CDは全部持っているんだよ」
「そうなんだ! 私も聴いてみたい。試験が終わったら貸してよ」
「ああ、良いよ。名曲ばかりだから、彩もきっと気に入るよ」
拓馬は力が抜けて、体が冷たくなるのを感じた。この着信音は彩に聴かせるつもりで流したのだ。RCの曲で二人の絆を確認するつもりだった。だが、彩はバンド名さえ知りもしない。自分と彩をつなぐ絆だと思っていたものは、全て和也と彩をつなぐ物だった。
――彩はどんな気持ちで俺とこの曲を聴いていたのだろうか。俺の胸に抱かれながらも和也を思い出していたのか。俺は和也の代用品だったのか……。
和也と自分は同じくらい大切な人で比較出来ないと言っていた彩の言葉を、今の拓馬は信用出来なかった。どうあがいても和也に勝てる気がしなくなったのだ。
「どうしたの?」
部屋に戻ってきた明菜が、青ざめた表情の拓馬と嬉しそうな二人を見て訊ねる。当然拓馬が喜んでいると思っていた明菜は、今の状況が意外だったのだ。
「今、拓馬の携帯の着信音を聴いたら、俺の好きなバンドだったんだよ。古いバンドなのに趣味が同じで嬉しかったんだ」
「ごめん、俺はこの曲だけしか知らないんだ」
拓馬は和也のテンションに耐えられずにそう言った。
「だったら、拓馬君もCD借りたらどう? 明菜も聴いて、みんなで同じバンドを好きになれたら楽しいよ、きっと」
彩が無邪気に笑う。悪意が無いのはわかっているが、拓馬はもう黙って欲しかった。だが、彩を好きだと言う気持ちを悟られてはいけないと思い、拓馬は叫び出したいのを必死で抑えた。
「本当にそうなれば良いな。和也が良ければ、俺もCDを貸してくれないか?」
拓馬は精一杯の作り笑いを浮かべてそう言った。
「ああ、もちろん貸すよ。俺も聴いて欲しいくらいだし。そうだ……」
和也は何か思い出したように勉強机の下をごそごそ探り出し、CDケースを持って来た。
「これ全部RCのCDなんだ」
和也が二十枚ほど収納出来そうなCDケースをテーブルの上に置き、蓋を開く。中にはぎっしりとCDが並んでいた。
「全部既製品のCDなんだな」
拓馬が思わずそう呟く。
高校生の金銭感覚では三千円程のCDは割と高価な品物だ。思い入れが無ければ、レンタルしてダビングするなど、安く聴く方法はいくらでもある。なのに全て既製品。これだけ見ても和也がどれだけRCが好きなのか、拓馬にも分かった。
「ああ、中学時代からお小遣いやお年玉で少しずつ集めたんだ。全部新品で揃えたんだよ」
「全部新品で!」
彩が驚いたように聞く。
「中学時代は本当にRCの事ばかり考えてたから、お小遣い全部つぎ込んでも苦にならなかったよ」
「うわぁー凄く聴きたい。和也君がそんなに夢中になるバンドなら私もきっと好きになるわ!」
彩は彼氏が夢中になっているバンドに凄く興味をそそられている。その瞳は和也だけを見ていて他の二人の事は頭から消えているようだ。拓馬はそんな彩を見ているのが辛く、彼女から目を逸らす。
「さあ、そろそろ勉強を再開しよう」
明菜も二人を見て居た堪れない気持ちになり、CDの話を終わらせようとみんなに提案する。
和也は「そうだな」と同意して、CDケースを元の場所に戻そうと机の下に体を入れる。その瞬間、和也は「あっ!」と少し驚いたような声を上げた。机の下から体を戻すと、和也はかすり模様の着物を着た、小さな男の子の人形を指からぶら下げていた。
「あっ!」
今度は拓馬が驚きの声を上げる。
拓馬は一目見て、その人形が自分の車に吊り下げられていた物だと分かった。