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結論から言うと、特に店や俺に対しての悪い噂は立っていないようだった。
ただ、あの男の噂は『あちら側』では絶えることがなかったようで、現場を見た人間が居るからそれは確定しているものの、当初の【良い人と金払いの良さを演じていればチョロいし、提示した価格の割には満足度が高い】という話だけが真偽不明なまま、今のところ独り歩きしている状況のようだ。
「んじゃ、サクさんはもう1個アフターこなしてくるよー!」
一足先にバーを出て、うーんと伸びをして俺たちへ振り返るサクさんの顔色は通常と全く変わっていない。ここまでエネルギッシュなところは尊敬するなぁ、なんて思ったりした。そんなサクさんにリョウさんは心配そうな声音で聞いた。
「サク、ほんとに大丈夫?」
「だいじょーぶ!照がずっとノンアル出しててくれたから最早復活であります!」
びしっ、と敬礼する彼を見守るような表情をしながら《照が…さすがだね。》と別方向の褒めをするリョウさんに、サクさんは少しだけムッとした顔を向けている。
「サクさん、連れ込まれないようにね?」
俺が冗談交じりで彼に声をかけると、一瞬だけ片頬がひくりと動いたのを見逃さなかった。
「それは絶対大丈夫!…2人とも知ってんじゃん?」
それでも変わらない太陽のような笑み。ふと下を向いた時に前髪が目にかかりそうになり、掻き上げられた後のその視線は、真っ直ぐに俺の方へ向いていて。
「──俺、誰かさんみたいに姫と枕やるのだけは絶対嫌だから。」
今までの彼とは想像もつかない、初めて聴いた冷たい声音。睨み上げるように向けられた眼光の鋭さ。そこで初めて彼のポリシーに対する真剣さを知ることになり、その大きな瞳から一時も目を逸らすことができなかった。
かと思えば、ぱっといつもの笑顔を取り戻し、《んじゃ、行ってくるねーぃ!》と待ち合わせ場所へと歩み出す彼の背を見送り、俺は漸く呼吸をすることを思い出した。
「──めめ、ああ見えてサクもちゃんとホストしてるんだよ、俺が枕に対して口酸っぱく言ってる理由…これで解った?」
「…はい。」
あの人もあの人で、ちゃんと仕事に向き合ってて、このタイミングでこうして先輩として叱咤してくれたんだ。
…でもサクさん、ごめん。
『夢』を叶えるためには、今の俺はできるだけ何だってするつもりなんだ。
もう帰ろうかと意見が合致し、お互いに近道を経由して大通りに向かっていたところ…所謂ホテル街から出てきて且つこちら側へと曲がる1つの人影があった。
「「…あ。」」
先に気付いた俺たち。それでも向こうはぶつかりそうになるまで全く気付かずにいて。
「?…あ、すんませ…ん…?、ん?!」
そうしてソイツは1番ぶつかりそうになった俺を見上げると、半歩下がって綺麗な2度見をかましてきて。
「また『お前』か…。」
最早溜息しか出てこない。あまりの遭遇率に、つい漏れ出た二人称が変わってしまうくらいには呆れ返ってしまっていた。
『こちら側』に姿を現した俺たち2人を目線とはバラバラに交互に指をさし、《あれっ?えっ…?》と困惑の色を拭えないままの彼へリョウさんが進んで声をかける。
「この前は本当にありがとね。手、まだ包帯してるんだね。怪我は大丈夫?」
「あー…えと、大丈夫っす。」
その質問に対して俺より格上と察したのであろう彼は、包帯の巻かれた右手を背に回し、中途半端な敬語を使っておずおずと答えた。
「治療費は?」
「治療費、は…あの子が出す言うてましたけど、示談して自分で出しました。傷も思てたより浅かって、予想してたより高なかったんで。」
自分で飛び出したとはいえ被害者なのに、どこまでお人好しなんだよコイツは。心の中で舌打ちしながらソイツから顔を逸らしていると、不意にリョウさんの親指がこちらに向かれたのが横目で見えた。
「じゃあ今度うちの店に来てもらって、診断書と発行手数料含めた明細を一緒にレン宛に提出してね?」
「「え?」」
何で俺が。反射的にリョウさんを見ると、振り向かれていたその顔は、明らかに有無を言わせないプレッシャーのある笑顔で。
「レン、何?」
「…いや、何でもない…です。」
この笑顔だけはどうしても見れない。目を泳がせていると、気まずそうな早口で青年は言った。
「じゃあ…お言葉に甘えてまた今度、えっと…レンさん?宛にお店に持って行きますわ。ほな。」
そう軽く会釈をして俺たちの左側を足早に抜けていく彼。俺の横を通り過ぎようとした際、先程の話を思い出した俺はその右手首を咄嗟に掴み上げていた。
「痛っ…何?」
「………お前、いつからこんなことやってんの?」
「っえ…、?」
「ちょっ…レン!?」
真っ直ぐにその青年の目を見れば、《何でバレてるんだ》と言いたげな表情でこちらを見上げる彼と、視界の端で《何を言い出すんだ》と言うように見つめてくるリョウさん。それぞれの視線も気にせず、俺は青年の目を見たまま、あくまで静かに口を開く。
「リョウさんもさっき話してくれたでしょ。あの話聞いてから俺としてもコイツで確定なんだよ。」
「あの話…?」
「レンどういうこと?お前さっき全部話したんじゃ…。」
状況が全く解らない彼に何だか苛立ちを覚えて、ぎり、と掴んだ手に力が籠る。痛みに顔を歪ませる彼をそっちのけに、疑問を投げかけたリョウさんに回答する。
「あの場で言わなくてごめん。あの騒動の日のアフターで…実際の現場見たんだ。その時はまだグレーだったけど、もう庇う余地は無いや。」
右手の解放を促すため、抵抗するように重なる大きな左手にも動じることなく、俺は彼へと視線を移し直して問い質す。
「最近この辺で男相手にウリしてるの──お前だよな?」
抵抗していたその手が一瞬、動揺で止まった。