テラーノベル
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グラウンドには、体育祭の予行演習に励む生徒たちの喧騒と、土埃の匂いが充満していた。
女子の種目決め。クラスの盛り上がりの中で、実行委員の声が響く。
「えー、女子の二人三脚、あと一人足りないんだけど……誰かいない?」
私は迷っていた。運動は得意じゃないし、誰の足を引っ張るのも申し訳ない。
すると、隣にいた田中くんがひょいと手を挙げた。
「あ、俺やるよ! 男子枠余ってるし、柚と組めばいいんじゃね?」
「えっ、田中くんと? でも……」
「いいじゃん、練習すればいけるって。な、柚、組もうぜ!」
田中くんが屈託のない笑顔で私の肩に手を置こうとした、その瞬間。
――バシッ、と。
乾いた音が響いて、田中くんの手が弾かれた。
「…………っ、」
横を見ると、ジャージ姿の国見くんが、いつになく険しい表情で立っていた。
彼は無言で私の腰を引き寄せると、田中くんとの間に割り込む。
「……国見? お前、男子の100メートル走だろ?」
「……うるさい。種目変えた。……俺が、柚と出る」
「はあ!? 男子と女子のペアなんて、普通認められねーよ!」
「……先生には許可とった。……足、怪我してるから、走れないって」
国見くんは淡々と言い放ち、自分の右足を軽く叩いてみせた。
……嘘だ。さっきまで普通に歩いていたし、バレー部の練習だってこなしていたはずなのに。
「……柚、こっち」
「えっ、ちょ、国見くん……本気?」
彼は私の返事も待たずに、用意されていた二人三脚用の紐を手に取った。
地面に膝をつき、私の足首と、自分の足首を、驚くほど丁寧に、でもきつく結び合わせていく。
「……痛い?」
「……ううん。でも、こんなにきつく結ばなくても……」
「……やだ。……離れたくないから」
彼は顔を上げた。
至近距離で見つめ合う。
彼の瞳は、悪戯っぽくもあり、同時に「絶対に誰にも渡さない」という執念のような光を宿していた。
「……これで、柚は俺から離れられない。……いい?」
「……っ、」
「……田中。……見てれば? 俺たちが、一番早くゴールするところ」
国見くんは立ち上がり、私の肩を抱き寄せた。
結ばれた足首から、彼の体温がダイレクトに伝わってくる。
予行演習のピストルが鳴る。
一歩、踏み出すたびに、彼とリズムを合わせなきゃいけない。
その不自由さが、今はなぜか、たまらなく甘く感じられた。
体育祭の熱気が嘘のように、放課後の図書室は静まり返っていた。
窓の外では、まだ片付けをしている運動部の声が遠くに聞こえる。
「……柚。こっち」
一番奥の、死角になった席。
国見くんは先に座って、自分の隣の椅子を軽く叩いた。
体育祭の二人三脚で「公式に」ペアを組んでから、クラスでの私たちの扱いは、なんとなく「国見の聖域」みたいな空気になっていた。
「……お疲れさま、国見くん。足、本当に大丈夫なの?」
「……嘘だって言ったでしょ。……柚と組みたかっただけ」
彼は悪びれもせずに言い放つと、机に突っ伏した。
でも、今日はいつもと少し様子が違う。顔を上げ、じっと私の横顔を見つめてくる。
「……ねえ、柚」
「ん?」
「……俺さ、たぶん、……機嫌悪い」
「えっ、また? 何かあったの?」
私が慌てて顔を覗き込むと、彼はふいっと視線を逸らした。
耳の先が、夕日に染まったみたいに赤い。
「……理由、わかんない。……でも、柚が他のやつと話してると、……ここが、ざわざわする」
彼は自分の胸のあたりを、ぎゅっと掴んでみせた。
その仕草が、あまりにも無防備で、不器用で。
「……これ、独占欲って言うんだって。……ネットで調べた」
「……ネットで調べたの?」
「……うるさい。……必死だったんだから」
彼はそう言って、机の下で私の手を、指を一本ずつ絡めるようにして握った。
「……あいつらに見せつけるために、お揃いの消しゴム持たせたり、二人三脚したり。……俺、性格悪いよね」
「……そんなことないよ。私は、嬉しかったし」
「……バカ。……そういうこと、安易に言わないで」
握る力が、少しだけ強くなる。
「……これ、無自覚じゃ済まされないよね。……もう、隠すのやめる」
彼は私の手を自分の頬に寄せ、甘えるように目を閉じた。
「……柚。……明日も、俺の隣から動かないで。……いい?」
静かな図書室。
自分の感情に名前をつけた彼は、今までよりもずっと、危うくて、甘い体温を纏っていた。
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