テラーノベル
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放課後の昇降口。アスファルトを叩く激しい雨音が、校舎の中にまで響いていた。
私はカバンの中を探るけれど、あるはずの折り畳み傘が見当たらない。
「……あれ、忘れてきたかな」
「……柚。……貸してあげようか?」
背後から、聞き慣れた、少しだけ熱を帯びた声がした。
振り返ると、国見くんが大きな黒い傘を手にして、壁に背を預けて立っていた。
「……あ、国見くん。……でも、家、方向違うよね?」
「……別に。……送るよ。……雨、ひどいし」
彼はそう言って、迷いなく傘を広げた。
一歩、その中に入ると、外の世界とは切り離されたような、二人きりの空間が出来上がる。
「……近いよ、国見くん」
「……濡れるから。……もっと寄って」
彼は私の肩を抱き寄せ、ほとんど密着するような距離で歩き出した。
雨の冷たさとは対照的に、彼の体温が、制服越しにじりじりと伝わってくる。
「……ねえ、柚」
「……ん?」
「……昨日、図書室で言ったこと。……覚えてる?」
独占欲を自覚した、という告白。
私は小さく頷いた。すると、彼は傘を持つ手に力を込め、足を止めた。
街灯の下、雨のカーテンに遮られた静かな場所。
「……俺、もう我慢しないことにしたから」
「……え?」
「……他のやつに、柚を触らせない。……視線も、言葉も、全部俺のものにしたい」
彼は空いた方の手で、私の頬をそっと撫でた。
雨に濡れて少し冷たい指先。でも、その瞳は、逃がさないと決めた猛獣のように真っ直ぐだった。
「……嫌なら、今すぐ傘から出て。……田中くんにでも電話して、迎えに来てもらえば?」
意地悪な言い方。
でも、彼の手は、私の肩を離そうとはしなかった。
「……出ないよ。……ここにいたい」
「……。……ん。……いい子」
彼は満足げに目を細めると、私の額に、自分の額をこんと預けた。
至近距離で混ざり合う吐息。
「……これ、独占欲じゃなくて、……たぶん、もっと重いやつ」
雨音にかき消されそうな、小さな声。
でも、私の心には、どんな雷鳴よりも大きく響いていた。
昨日の雨に打たれたせいか、朝起きると頭がズキズキと痛んだ。
熱を測ると、37度8分。あえなく「欠席」が決まり、私は泥のように眠りについた。
(……国見くん、怒ってるかな。隣、空いてるし……)
昼過ぎ、ふと目が覚めてスマホを手に取ると、通知欄が埋め尽くされていた。
【国見】:……おはよ。なんでいないの。
【国見】:……風邪? 昨日のせい?
【国見】:……田中が「柚、大丈夫かな」ってうるさい。あいつ、殺していい?
【国見】:……返信して。……寂死する。
最後の一文に、思わず笑みがこぼれる。「寂死(じゃくし)」なんて、彼らしい大げさな言葉。
「ごめん、寝てた。ただの風邪だよ」と返そうとした、その時。
――ピンポーン、と。
一階のインターホンが鳴った。
「……柚、お友達が来てるわよ。プリント届けてくれたって」
お母さんの声に驚いて、私はふらつく足取りで玄関へ向かった。
ドアを開けると、そこには制服のまま、少しだけ息を切らした国見くんが立っていた。
「……えっ、国見くん!? 部活は?」
「……サボり。……柚がいない学校なんて、行く意味ないし」
彼はそう言って、迷いなく家の中に一歩踏み込んだ。
お母さんに「お邪魔します」と丁寧すぎる挨拶をして、私の部屋まで勝手についてくる。
「……顔、赤い。……熱、あるでしょ」
「……うん、ちょっとだけ。でも、わざわざ来なくても……」
「……だめ。……俺がいない間に、他のやつが来たら嫌だから」
彼はベッドに座る私の隣に腰を下ろすと、冷たい手を私の額に当てた。
ひんやりとして、心地いい。
「……ねえ、柚」
「……ん?」
「……これ、俺が移されたら、……明日から、柚が俺の家に来てくれる?」
冗談めかしているけれど、その瞳はひどく真剣だった。
彼は私の手を握り、その指先に、静かに唇を寄せた。
「……早く治して。……俺だけの隣に、戻ってきて」
看病という名の、静かな監禁。
熱のせいだけじゃない。彼の視線に射抜かれて、私の体温はさらに上がっていくのを感じた。
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