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これぐらいで、と、看護婦に嫌みを言われながら、月子は、診察室とカーテン一枚隔てられた処置室で、挫いた足に、木綿布《ほうたい》を巻かれていた。
「だがな、いきなりだと誰しも驚くだろう!」
岩崎が、これまた、大きな声で、対抗している。
「ですから、順番は、守ってください。そして、ここは、病院です。大きな声を出さないでください」
看護婦も、負けじと岩崎に言い返し、カーテンの向こう側では、佐久間医師が、嫌みたらしくコホンと咳払いをした。
「……腫れるようなら、冷やしてください」
「ああ、わかった。しかし、これぐらいで、すんで良かった良かった」
岩崎は、空々しく返事をした。
そんな岩崎を、ふんと、鼻であしらいつつ、木綿布を巻き終わった看護婦は、チラリと、月子を見て、
「ご親戚の方と来られているので、調度よかったわ」
と、言い含んだ。
入院している月子の母の事を話したいのだと、月子には分かっていたが、自分の診察代すら持ち合わせていない身の上では、話もなにも……。
泣き出しそうな顔で、月子は押し黙った。
岩崎はというと、親族ではないと、また、大きな声で言い放つ。
「……と、言いますと?」
たちまち、看護婦は、不機嫌そうに岩崎へ食ってかかる。
「同居人だ。正しくは、そうなる……のだが」
コホンと、カーテンの向こうから咳払いがする。
看護婦は、カーテンの向こう、診察室を気にしつつ、おもむろに、怪訝な顔をした。
「……同居人?まあ、何でも良いです。大人の方がいるのですから、こちらも、話が早いというか、転院の事は、お聞きおよびで?」
まくし立てる様に言い、看護婦は、岩崎を見た。
瞬間、岩崎が目を細める。
不穏な空気という物が流れ、月子は慌てた。
「は、母がこちらに入院していて……」
「で、転院かね?」
怯える様に言う月子に、岩崎が、尋ねる。
コクンと月子はうなずいた。
「ならば、手配してもらえばいい」
「で、ですが……」
岩崎は、簡単に言うが、月子にとっては、はいと、素直に言えない事情がある。
「そうですか。それなら、良かった。こちらも、結核患者さんをいつまでも置いて置くわけにはいかず、困っていたのです。早急に、転院願いますか?」
西条家に頼まれ、受け入れたくなかったが仕方なくと、看護婦は、付け加える。
すると……。
「なんだね!その物言いは!それで、ナイチンゲール先生に顔向けできるのかっ!」
岩崎の怒号が翔んだ。
「はっ?ナイチンゲール……」
怒鳴られた看護婦は、唖然としている。
「まったく、話にならんな!受け入れたくないとは、何事だっ!それでも、人の命を預かる医療従事者かっ!」
こんな病院に、患者を置いておけぬと、岩崎は肩を怒らせ、そんなに追い出したいのなら、さっさと手配をしろと、これまた、医院中に響き渡る勢いで怒鳴った。
「とにかく、君の母上に会わなければ!」
さっと、かがむと月子の下駄を取り、立ち上がったついでの様に、岩崎は月子を抱き上げる。
「こんなに、ぐるぐる巻かれていては、下駄も履けんだろう!まったくもって!」
と、月子の足に巻かれている木綿布に目をやりつつ、病室へ案内しろと、看護婦を急かした。
ところが、看護婦も、何やら意地になってか、診察があると言い逃げる。
「岡崎さんのお部屋は、廊下を右へ、一番端です!」
そのまま、カーテンを開け、診察室から出ると、次の方などと、待合室へ声をかけている。
岩崎は、その態度に不快感を表し、月子を抱き上げたまま、廊下を歩むが、その月子の異変に気がついた。
「……ああ、つい。すまん、余りにも理不尽だったので……騒ぎすぎたな……」
岩崎は、詫びを入れるが、月子は、ポロポロと涙を流すばかりだった。
「いや、なんだ、その、泣くほどのことでは……」
「そんな……岡崎だなんて……」
岩崎の言葉など耳に入らないのか、月子は、ポツリと呟くと、更に涙を流す。
「……岡崎?君は、西条……だったろう?ならば、母上も、西条では?」
岩崎の質問に答えることなく、月子は泣き続けた。