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ヒルデガルドの追跡能力は、ホウジョウにいたときよりも遥かに優れたものに進化している。どんな場所、どんな時であろうとも、過去の魔力の痕跡から、世界のどこにいようとも見つけられるほどの能力を持った。
今や彼女の実力はといえば、エールの加護を受けた影響もあってか、既に人類としての枠組みから外れた、神の領域に至った者。ヤマヒメの言う現人神。あらゆる生物を超越した存在にまで届いていた。アバドン・カースミュールとの決戦に臨むのも、必ず勝てる確信が彼女の中にあるからだ。
「……見つけた。随分遠くにいるみたいだな」
瞳に魔力で映したのは、荒れ地の景色だった。
「ポータルを開く。心の準備はいいか?」
「もちろんじゃとも。行こう、どこへでもな」
決意の眼差しを交わして頷き、荒れ地へのポータルが開かれる。進んだ先に飛び込んできたのは、枯れ木とひび割れた大地。絵に描いたような乾いた世界。とても生物が暮らせる環境に見えない場所には、どす黒く淀んだ魔力が漂っていた。
あらゆる来訪者を拒む、圧迫感のある魔力が、二人の周囲を漂っては消滅する。やがて行き着いた先、何もない場所で、黒いローブ姿の誰かが座り込んでいるのを見つけて足を止めた。だが、ヒルデガルドは顔を顰めて──。
「アバドンじゃないな。誰だ、君は?」
漂う魔力に邪魔されてはっきりと認識できなかったが、そこにいるのがアバドンではないのが分かった。身体の大きさも違って、随分と小柄だ。
立ち上がった何者かが振り返り、ゆっくりフードを脱ぐ。
「久しぶりだね。力を取り戻すまで、ほぼ三年かな」
見慣れた顔。聞き慣れた声。胸がざわつく。
「……イーリス、なぜ君がここにいる?」
「単純な答えだよ。あなたと戦うのがボクだからだ」
彼女はふざける様子もなく、険しい表情を向けた。
「こんなことになるなんて思ってなかったよね? ボクだってそうさ。でも、疑わないでほしい。ボクは決して寝返ったわけじゃない」
「ならばなぜ、私の前に立ちはだかるような真似を」
イーリスの背後で大きな黒い煙がふわりと形作っていく。ようやく本来の敵が現れる。大きな体躯を黒いローブに隠した骸骨の魔物。神の領域にまで至った、最強の大魔導師の成れの果てとも言える存在。アバドン・カースミュール。
『はあ、やれやれ。柄にもないけどワタシが説明しよう』
いつもより、どこかくたびれた雰囲気が彼にはあった。
「やはり君の仕業か。いったいの何のつもりで──」
『あ、あ、待って待って。聞いておくれ、可愛いヒルデガルド』
瞳がニヤニヤして、アバドンは手で制する。
『まずはワタシと運命共同体となったイーリス・ローゼンフェルトに敬意を。おまえに頼るばかりで、いつも前に進めなかった娘に、ちょっとした提案をしてやったんだよ。間抜けにもワタシに不手際があって、困っててね』
とん、とイーリスの方に手を置いて、指をからから動かす。
『イルネス・ヴァーミリオンが使った《インテグレイション》は、人間が耐え得るには膨大な魔力と類稀な才能を持った肉体が必要だ。おまえに並ぶという夢をワタシが叶えてやる代わり、肉体を少しの間貸してもらう。ただそれだけの契約だよ』
お互いに納得した上での契約。間違った道だとしても、イーリスは一度でいいからヒルデガルドと本気で戦ってみたかった。魔導師としてではなく、弟子として。アバドンは、そんな彼女の迷いに付け込んで唆したのだ言った。
『別に良いんだよ、契約を反故にされたって、それはそれで。だけど、彼女は思い悩んでた。今までの戦いで、どれだけ深い傷を心に負って来たか。クレイグ・ウォールの死から始まり、英雄とデミゴッドの前に成す術なく、どこまで行ってもおまえやイルネスの後ろを歩くことしかできない。そのうえ、ティオネ・エルヒルトのような駆け引きもできない。どれだけ取り繕ったところで哀れな小娘が望んだ立ち位置には、どうやっても立てなかった』
杖を手に、アバドンは両腕を大きく広げて掲げた。
『だったら手段なんか選んでる場合じゃないでしょうに! だからちょっと声を掛けてやっただけ、同意の上での契約にはなんの間違いもない。自分の大事な弟子なんだろう、ヒルデガルド・イェンネマン。だったら戦うしかない。おまえの弟子が望む師弟対決を叶えてやればいい! まあ、肉体そのものはワタシが借りるんだがね!』
間欠泉のように彼の足下からどす黒い魔力が噴きあがった。
『さあ、イーリス・ローゼンフェルト! ワタシのつまらない遊興に、最後まで付き合って頂くとしましょうかァ!──《インテグレイション》!』
もはや退く気はない決意の籠ったイーリスの表情に、ヒルデガルドも覚悟を決める。イルネスに杖を渡して、勝気な笑みを浮かべて頷いた。
「うむ、致し方あるまい。ならばこちらも全力で応えてやるとしようではないか、ヒルデガルド! 大賢者と魔王、異色の最強コンビとしてのう! ぶっちぎりでぶちのめしてやろうぞ!──《インテグレイション》!」