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その日も次々と、申し込みの印の赤いバラが壁に貼ってある部屋番号に飾られていく。


子ども達が吾郎の周りに集まって楽しんでいる間に、ご両親とじっくり落ち着いて商談が出来ると、吾郎は営業マンから口々に「助かります」と感謝された。


日を重ねるごとに段々と安藤も慣れてきて、吾郎と同じように子ども達とおしゃべりしながら、マンションの楽しめる場所を紹介していた。


ある日のこと。

そろそろクローズの時間が近づいた頃、最後のお客様の商談中、吾郎は安藤といつものようにお子様とデジタルコンテンツを楽しんでいた。


「これはクイズになってるんだ。このマンションの敷地内で見られる生き物はどれかな?これだ!って思ったらタッチしてね」


「うん、分かった」


男の子は真剣に画面を見つめる。


マンションの全体図が浮かび上がり、そこに様々な生き物が現れた。


「あ!カブトムシ!これは森にいるんだよね?」


少し前に吾郎の説明を聞いていた男の子は、自信満々にカブトムシの画像をタッチする。


ピコーン!と丸印が付いて、男の子は「やったー!」と喜ぶ。


「まだまだあるよ。どれかなー?」


「えーっと、これメダカ?いるのかな」


男の子が首をかしげながらタッチすると、またしてもピコーン!と丸印が付いた。


「やったね!」


「うん、大正解!メダカは、この小さな池で見られるよ」


「じゃあ次!えーっと、ザリガニ!これもいるよね?」


またしても正解した男の子は、やったー!と両手を上げて喜ぶ。


と、その手が、横でしゃがんでいた安藤の顔に当たった。


カシャン!と安藤の顔から眼鏡が落ちる。


あっ…と床に手を伸ばした安藤よりもわずかに早く、身を引いた男の子の足が眼鏡の上に乗った。


グシャッと音がして、眼鏡のレンズが割れる。


「あ、ごめんなさい!」


「ううん、いいのよ。大丈夫だからね」


慌てて謝る男の子に、安藤は優しく笑ってから眼鏡を手に取る。


レンズが割れ、フレームも曲がり、もはや壊滅状態。


修理ではどうしようもなく、買い換えるしかなさそうだと、安藤は眼鏡をスーツのポケットにしまった。





「いやー、無事に最後のお客様からもお申し込みを頂きましたよ。都筑さん、今日もありがとうございました!」


満面の笑みで声をかけてくる原口に、吾郎も笑顔で答える。


「それは良かったです。少しでもお役に立てれば、私も嬉しいです」


「少しどころか、もうおんぶに抱っこってくらい、都筑さんにはお世話になってますよ。な?安藤」


原口が振り返ると、安藤はズイッと吾郎に顔を近づけた。


「はい!本当に都筑さんにはお世話になりっぱなしです。私もどんなに心強いか。ありがとうございます!都筑さん」


「あ、いや、その。どういたしまして」


おかしいだろ?というくらい、自分に顔を近づけてくる安藤に、吾郎は思わず後ずさる。


原口もその様子に、ん?と眉根を寄せた。


「安藤、眼鏡はどうした?」


「それが、壊れてしまって…」


あ、それでこんなに顔を近づけてくるのかと、吾郎は合点がいった。


「じゃあ今、ほどんど何も見えてないのか?」


「はい、そうなんです。ものすごい近眼なので、ぼんやりとしか」


「そうか。それならここはもういいから、今日は上がれ。眼鏡作りに行って来な」


「よろしいのでしょうか?」


「ああ。その様子じゃ、片付けも出来そうにないからな」


「はい。では今日はお先に失礼させていただきます」


安藤に続き、吾郎も原口に、それでは私も失礼いたしますと挨拶してから、モデルルームの出口に向かった。




自動ドアを出て緩やかな階段を下りていると、すぐ後ろからズダッと音がして、吾郎は振り返る。


安藤が足を滑らせて、手すりにしがみついていた。


「ちょっと、大丈夫?」


慌てて駆け寄って手を貸す。


「あ、はい。大丈夫です。すみません」


そう言って謝ってくるが、顔がまた至近距離に寄せられる。


(いや、近いから!)


吾郎はさり気なく後ろに下がった。


「眼鏡屋さんまでどうやって行くの?」


「えっと、ここから駅まで歩いて、電車で自宅の最寄り駅へ行きます。そこから歩いて10分のところに、行き付けのお店があるので…」


「果たして無傷でたどり着けるのやら…」


小さく呟くと、ん?と安藤が顔を近づけてくる。


(だから近いって!)


吾郎は後ずさると、安藤に提案した。


「それなら俺が車で送るよ。眼鏡なしだと、ロクに歩けないみたいだから」


「いえ、そんな!これ以上都筑さんにご迷惑をおかけする訳にはいきませんから!」


身を乗り出して力説するが、とにかく近い!


吾郎は安藤の腕を取ると、ゆっくりと歩き出した。


「ほら、つべこべ言わずに行こう。眼鏡屋さん、閉まっちゃうぞ?」


「え!それは大変!」


吾郎は駐車場に停めてあった車まで行くと、助手席のドアを開けて安藤を促す。


足を段差に引っかけてつんのめる安藤を、「おっと!危ない」と後ろから抱き留め、なんとかシートに座らせた。


ふう、やれやれと運転席に回ると、安藤がまたグッと顔を寄せてきた。


「都筑さん、本当に申し訳ありません。このご恩は決して忘れません。必ずや後日お返しを…」


「うん、分かった。それはいいから、とにかく近い!」


「は?」


「いいから、シートベルト締めて」


「あ、はい!すみません」


安藤は慌ててシートベルトに手を伸ばすが、バックルの位置もよく見えないらしい。


吾郎は安藤の手を上から握って、カチッとバックルに差し込んだ。


「ありがとうございます」


「どういたしまして…って、近いから!」


このままだと唇が触れそうだ、と、吾郎は顔を離して前を向き、ハンドルを握った。




「んー、随分視力が落ちているみたいですね。今の安藤様の視力に合わせると、このレンズになります」


眼鏡屋に着くと早速視力を測り、安藤は新しい眼鏡を試着する。


「わ、よく見えます。あー、でもなんだかクラッとしますね。酔いそう…」


店内を見渡してから、すぐさま眼鏡を外した。


「そうですね。かなり度数が高いので、慣れるまでは時間がかかるかと思います」


安藤は困ったように視線を落とす。


「私、もともと眼鏡が苦手で。かけていると頭が痛くなるんです。なので、わざと度数を落としてもらっていて」


「そうでしたか。では今回も、少し度数を下げてみますか?」


「はい。でも、仕事に支障がない程度にしたいです。会議室のホワイトボードの字が見えづらくて、毎回困っていたので」


「なるほど。そうですねえ…、それでしたら」


スタッフが考え込んでいる間に、吾郎は安藤に声をかけてみた。


「コンタクトレンズはどう?」


「あ、私もそうしたいんですけど、痛そうだなって躊躇してしまって…。高校生の時、友達がいつも、ゴミが入って痛いーって大変そうだったので」


「ソフトレンズなら、そんなに痛くないと思うよ。1度試してみたら?」


するとスタッフも口を開く。


「そうですね、試してみてはいかがでしょう?併設している眼科も、まだ診療時間内で空いてますから」


それならと、安藤は勧められるまま眼科の診察を受けた。


「では安藤様。特に問題ないとのことでしたので、早速コンタクトを着けてみますね」


先程のスタッフが、安藤を鏡の前に促す。


「少し前髪失礼します」


そう言って安藤の前髪をヘアクリップで留めた。


「はい、真っ直ぐ前を見ていてくださいねー。右目入りましたよ。どうですか?」


「え、もう?わあ、すごい!よく見えます!それに全然痛くないです」


「良かったです。それなら左目も入れてみましょう。はい、どうですか?」


「ひゃー!世界が変わりました!」


安藤は椅子を回転させて後ろを振り返る。


「あ、都筑さん!」


「え?なに?」


「都筑さんって、こんな人だったんですね?」


は?と吾郎は呆気に取られる。


「それって、どういう…?」


「なんだかもっとオジサンのイメージだったんですけど、若い!それにかっこいい!もう見違えましたよ。って文字通りですね。私が勝手にボヤケて見てただけですから。あはは!」


「あははって…」


どうやらコンタクトでよく見えるようになり、テンションが上がっているらしい。


つるんと形の良いおでこを見せながら、満面の笑みを浮かべている安藤は、いつもの彼女とは別人のようだった。

極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

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