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「都筑さん、本当にありがとうございました!これで頭痛に悩まされずに、快適に過ごせそうです」
お店を出ると、安藤は改めて吾郎に頭を下げた。
「それは良かった。じゃあうちまで送るよ」
「いえ、そんな。これ以上ご迷惑はかけられません。それにここからは歩いて帰れますから」
「でももう暗くなったし…」
「本当に大丈夫ですから。毎晩、一人で帰ってますしね。それより都筑さん、今度改めてお礼をさせてください。こんなにお世話になったので、せめてものお返しに」
「そんな、いいよ」
「いえ、私の気が済みませんから。それに都筑さんは大切なお仕事の取引先の方です。そんな方のお世話になった上に、お礼もしないようでは、原口さんにも叱られてしまいます」
うーん、そんなに言うなら、と吾郎はしばし思案する。
「君のうちの近くにファミレスある?」
「は?ええ、はい。うちの斜め向かいにありますけど…」
「じゃあお礼に、そこでごちそうになってもいいかな?」
「え?そんな。ファミレスなんて、お礼になりません。もっときちんとしたお店に…」
「ええー?俺、ファミレス大好きなんだけど。ダメなの?」
「い、いえ!まさかそんな、ダメなんてことは。私もファミレス大好きです」
「よし、それなら決まり!ほら、早く乗って」
「ええ?!」
「道案内、よろしくね」
そして二人は、安藤のマンションのすぐ近くのファミレスに向かった。
「うわー、うまそうだな。ハンバーグステーキと、このおつまみ3点セットも頼んでいい?」
「はい、もちろん!ドリンクバーも、ですよね?」
「そこはもう当然でしょう」
「ふふっ、はい」
タブレットを操作しながら、安藤はテキパキと吾郎のオーダーを入力していく。
「私は、んー、まずはサラダだけにしよう」
ひとり言を呟きながら入力する安藤に、吾郎は、ん?と首をひねる。
「サラダだけしか食べないの?」
「違うんです。ここのファミレス、ワンちゃんがお料理を運んでくれるので、何度かに分けてオーダーしたいんです」
……は?と、吾郎は目が点になる。
安藤は、そんな吾郎にクスッと笑った。
「まあ、あとで分かりますから。ほら、先にドリンクバーに行きましょ」
「ああ、うん」
ドリンクを淹れて戻り、しばらくすると、
「あ、来た!都筑さん、来ましたよ」
と安藤が吾郎の後方に目をやる。
ん?と振り向いた吾郎は、うわ!と声を上げた。
「な、なんだ?あの可愛いロボットは」
「でしょ?あのワンちゃんがお料理を運んでくれるんです」
「え、ここに?俺のハンバーグを届けてくれるの?」
「そうですよ」
ピロリロリーン!と可愛い音楽と共に、ロボットは吾郎のすぐ隣までやって来た。
「お待たせしました!お料理をお持ちしたワン」
「あ、は、はい。ありがとう」
思わず頭を下げてロボットに返事をする吾郎に、安藤が笑いかける。
「都筑さん、ワンちゃんからお皿を取ってください」
「あ、う、うん」
吾郎はそっと両手でハンバーグの皿を持ち上げる。
「ご注文、ありがとワン!お料理楽しんでくださーい」
「は、はい!ありがとうございまーす」
真面目に答える吾郎に、安藤は面白そうに笑う。
「都筑さん、ワンちゃんにタジタジになってません?」
「うん、なってる。だってすごいんだもん、あのワンちゃん」
「あはは!都筑さんの口からワンちゃんって言葉聞くと、どうしても笑っちゃいます」
「ああ、前も言ってたね」
「え?私、そんなこと言いました?」
「言ってたよ。ほら原口さんと行った…」
(ああ、そうか。酔っ払って覚えてないんだっけ)
そう思っていると、今度は安藤のサラダを載せてまたロボットがやって来た。
「わー、可愛いな!ここに来る?うちの子かな?」
「ふふ、そうですよ。うちの子です」
吾郎の隣にピタリと止まったロボットからサラダを取り、安藤はバイバーイ!と手を振って見送る。
その後も、吾郎のおつまみ3点セットや、安藤が追加注文したパスタをロボットが運んで来る度に、二人はワイワイ盛り上がった。
「いい子だなー、こっちだぞー」
「トオルちゃーん、おいでおいで!」
「ト、トオルちゃん?!」
「ええ。だって都筑さんのところのワンちゃん、トオルちゃんなんでしょ?」
「いや、それはだな…」
「なんだか意外ですねー。都筑さんが子犬飼ってるなんて」
安藤は楽しそうに笑いながら、ロボットからパスタ皿を取る。
「バイバーイ!あー、また来て欲しいから、デザートも頼んじゃおう!」
吾郎はふと顔を上げて、安藤の様子を見つめる。
コンタクトにしたせいか、大きな目をキラキラさせて、仕事中の彼女からは想像もつかないほど表情も明るかった。
(本来はこういう性格なのかな?楽しそうに笑ったり、お酒に酔っ払ったり。仕事では、普段の自分を封印してがんばってるんだろうな)
早く仕事にも余裕が出来て楽しめるようになるといいのに、と思いながら、吾郎は安藤の笑顔を優しく見つめていた。
「都筑さん!伝票、どこにやっちゃったんですか?」
「ん?トオルちゃんにあげた」
「トオルちゃんに?何を言ってるんですか!あの子は伝票食べないですよ?」
堪らず吾郎は、あはは!と笑い出す。
「大丈夫だよ。食べさせてないから」
安藤がドリンクバーに行っている間にテーブル会計を済ませておいたのだが、そうとは知らない安藤は、必死に伝票を探している。
「お会計なら心配しないで。トオルちゃんがタダ働きにならないように済ませておいたから」
「ええ?!いつの間に?すみません、私がお支払いするはずなのに」
「いいって。俺がトオルちゃんにお小遣いあげたかっただけなんだ」
そう言うと透の顔が頭に浮かんできて、思わず吾郎は苦笑いする。
(あいつにお小遣いはやらんがな)
くくっと笑いを堪えていると、安藤が神妙に頭を下げた。
「都筑さん、本当にすみません。別の形で何かお礼を…」
「だから、いいって!楽しいお店に連れて来てくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「うん。ほら、明日も仕事だろ?早く帰ってゆっくり休んで」
「はい、ありがとうございます」
お店を出ると、吾郎はすぐ近くのマンションに入って行く安藤を、姿が見えなくなるまで見送った。