テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「――いっっっっや、こんな簡単でいいの!?」
小声で叫ぶ。誰にも聞かれていないことを確認し、私はほっと胸をなで下ろした。
モアンさんに貰ったオレンジの花のイヤリングも貰ったドレスにぴったりだ。少しだけ化粧をして、身なりも整えて。完璧すぎる。さすが、初代聖女の身体だと思った。それはいいとして、私はモアンさんたちに睡眠魔法をかけて皇族の別荘に来ていた。モアンさん達に魔法をかけるのは気が引けたけど、今回だけ仕方ない、ごめんなさい、と何度も心の中で謝って。それで上手く抜け出せて、記憶を頼りに別荘まで来ていた。記憶力は悪くなかったので、少し迷いつつもたどり着くことが出来、門の前でこっそりと様子を伺っていた。防御魔法はかかっているものの、一カ所だけお粗末な場所があり、私はそこを少しだけ広げて中に侵入した。後は、気配を消す魔法を使って会場の中に。こんなに簡単にいくと思っていなくて、自分でも吃驚した。そして、今日がその日だったんだということも。
(てか、結構賑わっているのよね……)
私の時もこんな感じだったっけ? と思いながら、私は辺りを見渡した。こんな風に祝福されたような記憶が無かった。それも、彼女がねじ曲げたのか。
こそこそしずに堂々としていてもいいのだが、魂が一時期一緒だったこともあり、接触すればどうなるか分からない。誰も周りに味方がいない状態で、バレてしまったらまた袋叩きにされてしまう。それは避けないと、と私はひっそりとしていた。気配を消しているといっても、この格好だったらバレないだろうし、光魔法だし、敵とはすぐに見なされないだろう。でも、会場に入るとき、何かしらのチェックが入っていたとしたら、此奴顔知らないってとっ捕まえられるかも知れないけれど。
(胃がきりきりする……)
悪いことをしている自覚はあったし、バレたらやばいっていうのもあって私はずっとドレスを掴んでいた。シワになっていたら申し訳ないと思いながらも、手を離すことが出来ない。
(というか、多分、あの結界の穴からアルベドはいってきたってことよね……?)
このパーティーでは、ブライト、リースは勿論、アルベドと初めて会ったイベントでも会った。アルベドがあの時招待されていたか否かは分からないけれど、燃しそうじゃないとするのなら、アルベドはあの穴から入ってきたに違いない。彼ぐらいの魔道士ならそれも容易だと。じゃあ、アルベドと同じ所から入ってきたと?
まあそんなことはさておいて、これからどうするべきかと私は頭を悩ませた。攻略キャラはきっとエトワールを中心に集まっているだろう。そんなところに私が入っていけるわけがない。かといって、隙を狙ってということも、彼女が魔法で彼らを操っていたら難しいし。今回はただの視察になってしまうかも知れない。
(けど、これはエトワールストーリーの大きなイベントで……)
アルベドと出会う、そんなイベントがこのパーティーでは起る。それをエトワールは回収するのだろうか。
そうだったら先に回収しなければ、と私は思った。もし先を越されたら、アルベドが敵に回るのだけは避けたかった。よくをいったら、リースに一番に思い出して欲しい。でも、エトワール・ヴィアラッテアのことだろうからもう既に洗脳済みなのだろう。となれば、次はグランツか、ブライトか……でも彼らも警戒心が強い。一番強いのはアルベドだろうけれど、彼だけは何としてでも、というのがあった。
私は、会場を見渡してから別荘の中に入ろうと思った。本当はゆっくり探したいし、何かしらの接点を作りたいけれど、無名だし、もし変な風にバレて壁を作られたりしたら不味い。ならば、やっぱりアルベドの攻略を進めないと。
(彼に固執している自覚はある。どれだけ救われたか……)
ちらりと会場の方を見れば、艶やかな黒髪のブライト、それからグランツ、銀色の髪の美少女の隣に、黄金を見つけた。私じゃない人に微笑んでいる、恋人の姿がそこにあった。
「リース……」
声をかけたかった。それは私じゃない。私はここにいるって。でも、足を止めるわけにはいかなかった。幸せそうに腕を組んで笑うエトワール・ヴィアラッテアの姿がそこにある。憎い。それは、本物の愛じゃない。そう叫んでやりたかった。
けれど、今がチャンスなのだ。攻略キャラに囲まれ、偽りの幸せを感じている彼女の目を盗んで、先にイベントを起こせば……
私は別荘の中に入って部屋を一つ一つ開けてまわった。どうやってあの部屋を当てたか覚えていない。後、簡単なのは、警備の巡廻がいない事だろう。なんでこんなにすっからかんなのか。誰も休んでいないし、盗めるものもないから、警備が手薄なのだろうか。色々考えることはあったし、前の世界でそこまで気が回らなかった自分がバカみたいだと思った。都合のいい世界じゃないことを私が誰よりも知っているはずなのに。
扉を開けては閉めるを繰り返し、私はアルベド……いってしまえば、殺人現場を目撃しなければならない。初代の聖女がそのイベントを起こせるかどうかは置いておいて、アルベドと接点を作らなければと思った。そうじゃないと、アルベドは普通表に出てこない人間だから。
気持ちが焦っていた。もし、この状況でエトワールが来たら、彼女がアルベドに出会ってしまうんじゃないかと。そんな気持ちでドアを開けていく。けれど、途中で私はその手を止めてしまった。
「あんな別れかたしたのに、また彼に助けを求めるの……?」
自問自答。
思えば、前の世界の最後、私は彼を守る為だといって彼を突き放した。彼は最後どんな顔で私を見ていたか分からなかったけれど、きっと恨んでいるだろうと。記憶を思い出したところで、私に協力してくれないかも知れない。そもそも、そんな協力をといっている時点で、彼に頼り切っている。彼を利用しようとしていると。
あの紅蓮が脳裏に蘇る。私の事なんてもう嫌いなんじゃないかって。
それなら、エトワールに偽りでもいいから幸せを与えられた方が、彼にとって幸せなんじゃないかと。そう思ってしまった。
手が震えている。ドアノブを捻る勇気も出なくなってきた。
あれだけ焦っていたのに、早くしないとと思っていたのに。前の世界では、偶然彼と出会ってしまった。そして、偶然彼の面白い女枠に入った。けれど、今回はどうだろうか。入ったとしても、彼に興味を持たれたとしても、記憶が戻ったら……私が最低な女だってばれるんじゃないか。
(それを恐れているの?それとも、彼への後悔と、罪悪感?)
分からない。でも、これを利用といわずして何て言うのかいわれたら、私には分からなかった。でも、利用しようとしている。彼が一番私にとって必要だから。そんな思いで動いているんだって私は気づいてしまった。だからこそ、彼と出会うべきなのか、迷ってしまう。
(でも、それでも……私は、誰かの協力がないと、此の世界で生きていけない)
誰のためか、自分のため。
リースの記憶を、皆との思い出を取り戻すため。
そのために、自分を好きでいてくれた人の恋心を利用するのか。それは、人間として最低じゃないか。分かっている、だからこそ、この手が止ってしまうのだと。
静まり変える廊下。誰かがきたらっていう恐怖心もあって、早く部屋に入ってしまわないととも思っている。見つかったらどうなるか分からない。けれど、出会ってしまって良いものだろうかと。
あの世界で誰よりも傷付けた人なんじゃないかと思ってしまった。
心に傷をつけて、置いていってしまった恋人のことも思い出される。
私は、自己中だ。モアンさん夫婦も利用している。気持ちが焦りすぎている。もっと慎重に、ゆっくり、誰も傷つかない方法があったんじゃないかとも思う。でも、全部遅くて、前の世界ではそれで失敗した。きれい事を並べてもどうにもならなかった。
もし、アルベドが記憶を取り戻したとして、私のことを嫌いだといえばそれでも良い。そう言われる覚悟を持たなければならない。
その覚悟があるのなら、私はこの扉を開けて、彼と出会える。
(……何のために行動しているのか、もう一回考えて、私)
自分に問いかける。
何のために、ここに来たのか。危険な方法をとって、エトワールストーリーをねじ曲げようとしているのか。そこにはっきりとした殺意があったからでしょ、怒りがあったからでしょ。エトワールにその方法は違うでしょっていうために。偽りの愛なんて愛じゃないって言うために。
一番あいたくなくて、あの時は一番危険視していた男。それでも、私が唯一無二で信じられる、信用出来る男。
私は彼を一番に攻略するべきだ。そして、彼の記憶を取り戻して、もう一度面と向かって言わないといけない。
私は、彼に謝るために、彼とまたであうことを選択する。
私は深く深呼吸をして扉を開けた。ここにいる気がするのだ。そんな気がする。
部屋の中は真っ暗で右も左も分からない。かすかに匂う血の臭い。私は一歩、二歩と足を進める。足下にきっと悪いことしてた下級貴族が転がっているんだろう。さすがに、その人の名前は覚えていない。
そうして、一歩、二歩、とまた足を進める。すると、後ろに気配を感じた。先ほどまで感じなかった気配を。
「動くな」
『まっ、誰でも良いけどさ。私が攻略するわけじゃないんだし。ああ、でもアルベドは注意ね』
『どうして?』
『ヒロインストーリーでは、公爵家の公子として出会うけど、エトワールストーリーでは暗殺者として出会うからよ』
本当にあの時はどうかしていたと思った。自殺行為だって今でも思っている。
後ろから抱きしめられるような形で囁かれる。それはもう冷たい暗殺者の声。でも、それが心地よかった。懐かしくて、ここであっていたんだと思った。
久しぶりにかける言葉、何ていえば良いのか分からない。どうせ、あっちは覚えていないんでしょうから、好きにしよう。ちょっとかっこ付けでもいいよね」
「初めまして、暗殺者さん。いや、公爵家の公子……アルベド・レイっていった方がいい?」
久しぶりアルベド、そして、初めまして。