会社から少し離れた場所にあるオシャレなカフェレストラン。
本宮さんが選んでくれたお店。
何度か来たことはあるけれど、ここは普段、あまり会社の人間は利用しない。
密かに穴場だと思っていた好きなレストランだ。
本宮さんは、渡されたメニューを見ている。
ただそれだけの当たり前の行動なのに、不思議なくらい絵になっていて驚く。
店員の女の子達も、日常にあまり存在しない美しい男性をうっとりした目で眺めている。
そうだよね……
こんな綺麗な顔の人、滅多にお目にかかれるもんじゃない。
うん、確かに素敵な人――
だけれど、どうしても、強引で怖い印象が抜けなくて、何だか一弥先輩の笑顔が恋しくなる。
まただ……
勝手に頭の中に優しい笑顔を思い浮かべてしまっている。
「恭香。お前に話がある」
オーダーを済ませた本宮さんが、いきなり私に言った。
「あ、はい、何でしょうか?」
「恭香って、一人暮らしだよな?」
「え!? そ、そんなこと誰から聞いたんですか?」
「それは、秘密」
「ひ、秘密って……。そ、それで一人暮らしだからなんなんですか?」
不信感たっぷりで質問した。
まるでプライベートを覗かれてるようでかなり嫌だ。
「明日から恭香の部屋で一緒に暮らすから」
は、はぁ?
今のは何かの聞き間違い?
「……聞いてるか? 黙ってたらわからない」
「あ、あの。今、一緒に暮らすって言いました?」
「ああ、言った」
「ちょっと意味がわからないんですけど? やっぱり私をからかってるんですか?」
さすがに私もムッとした。
「お前って……俺を何だと思ってる?」
「本宮さん。ちょっと意味がわからないです。今日初めて会ったのに、すごく強引だし、怖いし、一緒に暮らすとか言うし……。一体これは何なんですか?」
本宮さんが鼻で笑った。
それに、またムッとする。
本当に嫌かも――
「俺、今の家を出るから、だからお前の家で暮らす」
「家を出るって、本宮さんは社長宅に住んでるんですよね?」
「……ああ。俺、今、いろいろ考えたいんだ、将来のこと。もっとちゃんと真剣に。でも、同じ家に住んで、いつも父さんの顔を見ていたら、ちゃんと自分のことを考えられないから」
「……将来のこと?」
「自分がどうしたいか、どうなりたいか……。1人になって考えたい。恭香は一人暮らしだから、別にいいよな?」
「いいよな? って、いいわけないですよ。私、これでも、一応、女ですからね。本宮さんと一緒に暮らすなんて無理ですから」
「俺は本気だし、もう決めてるから。明日から頼む」
「あ、明日!? お、お断りします」
「そんなこと言わないで。俺はお前のところしか行くところがないんだから」
この少し甘えたような口調。
これにまたやられてしまいそうになる。
何だか不思議だ。
この世のものとは思えないほどカッコ良い男性に言われると、だんだん思考がおかしくなってくるものなのか?
まるで洗脳されているような感覚。
怖いの?
優しいの?
迷惑なの?
嬉しいの?
時々見せる本宮さんの目が、心からこの人を嫌いにさせてくれない。
ほんの少しだけユラユラ揺れ動く心。
こんなのは初めてだ。
男の人に慣れておらず、まんまと本宮さんのペースにハマってしまったのだろうか。
とにかく、今は冷静にならなければ。
一緒に住むなんて絶対に無理だし、私は、この人をまだ信じられていない。
「きょ、今日は食べたら帰ります。お菓子のコピーも考えたいですし」
「恭香は、仕事熱心なんだな」
「今日、集中できなかったので」
そう、あなたのせいで。
「……明日、本当に行くから」
「そんなこと言われても困ります」
「行くよ。恭香が嫌だって言っても」
めちゃくちゃだ。
この人の思考回路はいったいどうなっているのだろうか?
だけれど……
よくわからないし、全然納得していないけれど……
何だろう、私……
気づいたら、「絶対に嫌だ」と言えなくなっていた。
「へ、部屋、汚いですから。掃除が行き届いていないので……」
「そんなこと気にしなくていい。寝る場所があればそれでいい」
「……強引です。本当に……強引すぎます」
「……そうか?」
「はい、とても」
本宮さんは、瞬間的にニコっと笑い、目の前のパスタを食べ始めた。
私も、それを見て、グラタンに手を伸ばした。
すごく気まずくて、せっかく口に運んでも、味がよくわからなくて食べた気がしなかった。
それからは会話もほとんど無いままに、食事を終えて店を出た。
「……ありがとうございます。とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ああ」
本宮さんがタクシーを拾ってくれ、
「駅までお願いします」
と言って、私だけを乗せてくれた。
別れ際、ほんのり優しく香る香水に少しドキドキしてしまった。
私は、明らかに何だか変だ。
自分が自分ではないみたいだ。
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