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カツカツという冷たい石が響かせる音が、柔らかく消える中庭。まだ春先で少し冷えていたが日当たりの良かった中庭は暖かく、時折生徒が座り込んで寝たり、勉強をする姿が見受けられた。
ほんの少し蜜の匂いが舞う中庭で、一房の金髪がフワリと風に吹かれ揺れた。
木陰が顔だけを日から隠し、ほんの少し顔より長い前髪は日に反射して光る。
レインはその金髪を少し遠くから見つけ、少し呆れたように近づく。しかし、そこに失望はなかった。しかたないな、と思うようなお節介の交じった表情。
顔を隠すように掛かる髪を除けてやれば少しフィンが唸り姿勢を少し変える。
レインはその隣に座り、フィンの頭を自分の肩に乗せさせた。
「…間抜け面」
「ん…ぅ゙……」
その声は小馬鹿にするようでひどく優しい。
髪にするりと指を通して、毛並みに沿うように撫でてやれば、フィンはレインの胸元のシャツを掴んで眠る。
また前髪がフィンの顔を隠し、レインは少し不満を持ったが、もう余計なことをしたくないという思いもあったために、それ以上は触れず、ほんの少しの間、暖かな陽の光と、フィンの体温でぬくんでいた。
レインはふと手帳を開いて予定を確認する。今日は学校は早く終わる日。だから学校自体はもう終わっていて、後は魔法局の方に仕事があるか否かだけだった。
それも、今日中庭で多数の生徒がのんびりしてる理由の一つだった。
何も書き込まえれていないのを見て、もう今日はなにもしなくていいのか、と少し意外に感じながらも、ならばまだここに居られると安心した。
ふっ、と歌を口ずさむ。幼い頃の大事な記憶。
よく歌っていたのだ。レインもフィンも、小さい頃は寝つきが良くなく、親がその歌を歌い、その歌がレインとフィンを夢へと誘ったものだ。
少し音程のずれた鼻歌が、木の下で小さく響く。
黒く長い睫毛が風に揺れ、ほんの少し朧月に似た瞳が隠れた。
時折地方の訛りが鼻歌に交じりレインは生きていた両親をぼやけた視界越しに見る。
今、生きていたらどんな顔をしていただろうか。
なんて、レインらしくない無い夢を見て。
少し強い風が葉の音を鳴らし、レインとフィンのローブを揺らした。
それとともにレインの見ていた夢も風に攫われて消えていってしまった。
名残惜しさを僅かに感じ感傷に浸れば、寒さに体を捩るフィンが端に映り、レインはローブを脱いで上から掛けてやった。
フィンは何処かに安心を覚えたのか小さく呻きを漏らしたあとレインの肩口に顔を深く埋めた。
暫くの間はその場にはレインの鼻歌とフィンの小さな寝息だけがそこに漂った。
そこから、どのくらい経ったか。
まだ日も大して移動してないくらいだった。
寝息が2つに増える。
黒髪は混じり合い、境目をぼやけさせていた。
数人目を覚まし、すぐその場を去るものもいれば、その場でまた散策する者も現れ始める。
幾人が二人の近くを通っては、珍しい景色に少し目を細めさせる。
ほんの少しタイミングのズレた呼吸はなんとも言えぬ安心感を誘うようで、二人を見た者は安らかな表情を見せた。
レインの銀のピアスは時折日を反射させて熱を持つ。
先まで間抜け面なんて言った顔は眉間に寄ったシワもなく、すぅすぅと見た目に反し大人しく可愛らしい寝息を立てる。
深く眠りについた2人を、教師さえ起こすことはなかった。
「授業は終わり、もう私たちの関与する時間ではない」
と言い訳をして。
生徒の幸せな時間を邪魔するほど、教師も鬼ではなかった。
レインはフィンの背中に不意に腕を回したかと思えばそのまま抱きしめる。そのままフィンが上になるようにしてベンチの上に横たわった。
眩しい日差しは金の前髪が隠し、規則正しい寝息が前髪を揺らす。
すぅ、と他の寝息も微かに響く中庭は、少しづつ寝息が減っていった。西日になっていく度にぱち、と目を覚まし、1人、また1人と寮に帰っていく。人もだいぶ少なくなった頃、最初に目を覚ましたのはレインだった。
レインらしくなく、ぼやける視界を目を擦って無理にはっきりとさせ、西日の眩しさと身体にのしかかる重さに小さく呻く。
「だいぶねてた、みたいだな」
まだ眠気が抜けきらない言葉を零しながら、認識した重さの背を叩く。
「おい、起きろ」
「ん゙…」
まだ寝てたいというような声を無視して共に体を起こせばくぁ、と伸びをして眠そうに目を擦った。
金の目は兄と同じように細められシワが眉間に寄る姿はレインとそっくりだった。
「寮に戻って寝ろ」
「ぅえ…?わ、もう日傾いてる」
少し掠れた声が独り言のように呟く。
「帰るぞ」
目を擦った手より少し硬い手が目の前に差し出され、フィンはその手をとる。
骨骨しさはありながらも、少し肉付きのいい手は、強くも優しくフィンの手を包んだ。
レインが手をとり先をゆく。
その背を見て最初に少しよろけ進むフィン。
お節介な兄と、少し抜けてる弟の姿がそこにははっきりとあった。
揺れるお揃いの金は夕日に溶け、影に入れば黒とローブが2人の姿を隠していった。