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――結局は霸屡の『全ては会ってから』とはぐらかされ、全員は納得いかないまま、ある場所へと案内されていた。
「花修院社長、御苦労様です」
受付ロビーにて、霸屡の姿を確認した女性が深々と御辞儀する。
「何処へ行くかと思ってたら、お前のとこかよ……」
ぼやく時雨。つまりは霸屡が代表である、クレイテル本社へと赴いていたのだ。
かなりの高層ビル。大規模な事業。そしてこの中の一部が狂座関係者、もしかしたら全員がかもしれない。
案内されたのは社長室が在る二十七階――ではなく、その下の更に下。地下の方だ。
“何故地下に?”
疑問に思うも、ここは無言の霸屡に先導して着いていくしかない。
※B2F
地下二階。此所が終着点のようだ。これ以上、下の階は記されていない。
「――さて、ここからは専用エレベーターで下に降りて貰います」
突き当たりの壁の前で立ち止まった霸屡は、ようやく無言から言葉を発した。まだ下の階が在ったのだ。
「専用エレベーターって……何も無ぇじゃねぇか!?」
時雨の疑問は当然。この先に在るのは只の壁、行き止まり。
「まあ、そう慌てずに」
そう霸屡が壁に手を当てると、壁に擬装でもしていたのか、エレベーターの窓口が顕となっていく。
「随分と用意周到な事で……」
ここまでして隠すもの。一体下に何が待ち受けているのか。
まるで地獄の底にでも案内するかのように、入口の扉はそっと開いていた。
「どうしたお嬢?」
いざ乗り込もうとしたその際、一人だけ動こうとしなかった悠莉に、腕に居たジュウベエが声を掛けた。
「悠莉?」
全員が振り返る。明らかに悠莉はエレベーターに乗る事を躊躇している。
「よく分かんないけど……何かこの下、良くない気がする」
それは警戒か警告か。まるで来た事があるかのような口振り。
「何だ、来た事あんのか?」
「ううん、そんな事は無いけど、何かね……。出来れば行きたくないなぁ~」
と思われたが、悠莉はそれを否定。ただ何か本能的に躊躇しているみたいだ。
“気付きましたか……。本能が覚えているのですね”
他を余所に一人思う霸屡。なら勘違いでもなく、悠莉はこの下に在るものを、覚えてなくとも本能が知っているという事。
「大丈夫よ悠莉。何かあったら私が守るから」
「う、うん」
だが何時までも立ち止まっている訳にもいかない。特に琉月の説得が効いたのか、悠莉は彼女にしがみつくように行く事で了承。
勿論、悠莉以外の皆がこの先を信用している訳ではない。ここにきて隠されていた事実に、霸屡の事を信用しかねていたから。
だが今は立ち止まれない。
各々の思惑と共に、全員を乗せたエレベーターは下へと降りていった。
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「――それにしてもこんな穴蔵に隠居してんだから、狂座の創始者ってのは、よぼよぼのじいさんだったりしてな? はははっ――はは……」
下に降りてすぐ、場の雰囲気を解す為か天然か、時雨がそうおどけてみせたが――益々白けた感が。皆からの白々しい視線が、彼へと突き刺さる。
「んだよ……もっと景気よく行こうぜ。只でさえ暗いんだからよ、特にお前ら二人は」
居たたまれないのか、そう薊と幸人の二人へ指差す時雨。彼なりの張り詰めた空気への配慮なのだ。
「相変わらずだな……」
「全くだ……」
御互い腕組みしながら背もたれる薊と幸人は、ぼやき合いながらも場が少し軽くなった気もしていた。相変わらず悠莉は琉月に、無言のまま引っ付きっきりだが。
「時雨……。向こうではくれぐれも粗相の無いようお願いしますよ」
「見た事も聞いた事も、会った事も無い奴に粗相も糞もなぁ……って、おい一体何時まで掛かんだよ下まで。このエレベーター壊れてんじゃねぇのか?」
そう。此所に乗り込んでから実に、五分以上が経過していた。未だに着く気配が見えない事に、時雨が故障と思うのも当然。
「いや……まだ降りている」
たが故障では無い。薊が窓辺からエレベーターは未だに下がっていくのを確認。
「はぁ!? てか何でそんな下に? どんだけよ」
これはどういう事だろうか。地下と云っても限度を越えていた。地下三階へ――と云った次元では無く。
「まあ、しばらく時間が掛かります」
その疑問を氷解すべく、霸屡が何気無く説明に入った。
「終着点は――深度二万メートル下ですので」
「……はぁぁ!?」
霸屡の言葉の意味に、やはりというか一番驚愕の声を上げたのは時雨だ。
「マリアナ海溝より深いじゃねぇか……」
それはこの地球上で最も深い海溝、そして最も高い山であるエベレストを足して尚、余りある距離。
「何故またそんな下に?」
幾ら何でも有り得ないし、そこまで下になる必要性の是非を問う琉月。やはり何処か信用出来ないでいる。不明瞭過ぎるのだ、何もかもが。知らされていない事が多過ぎる。
「機密保持……の為ですかね。本来人類が到達する筈の無い場所という、意味合いも兼ねて……ね」
霸屡はそれ以上は語らなかった。そもそも深度二万メートル下の地層ともなると、現在の科学力では人が適応出来る環境では無い。
エレベーターは普通に下へと降りていくが、重力の有る地上から下に行けば行く程に気圧は上がり、それこそ呼吸も困難になり、この気密内では空気の中で溺れてしまうだろう。
だが狂座――その人智を超えた科学力。その頭脳の核とも云える霸屡という人物なら、どんな理解を超えた事象すらも可能と、それは誰もが知る所。何の変哲も無いエレベーターだが、通常の状態と何一つ変わらず下っていく所を見ると、これも狂座の技術力の一つなのだろう。
そしてこの下に居るとされる、狂座の創始者なる人物。
一体どんな人物なのか。
「…………」
心無しか悠莉の不安が下に行くにつれ、大きくなっていくようにも見えた。
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