2人きりのスタジオでの本音
深夜、スタジオの中は静寂に包まれていた。
外の街の明かりが窓を通してわずかに差し込み、長い鏡の前で二人きり。
すでにほとんどのメンバーは帰り、机に積まれた楽譜や振り付けノートがひっそりと残るだけだった。
「もう少しだけ、ここ……」
FUMINORIの声が静かな空間をかき分けて響く。
彼は汗をぬぐいながら、ひとつの動きを繰り返し続けている。
真剣な顔。
眉をひそめて、ひとつひとつの足の角度を、手のひらの動きを確かめながら。
その集中した姿を見ていると、なんだか声をかけるのが怖くなってしまう。
(……ふみくん、ずっと一人でやってる)
体が疲れていても、少しでも完璧を求める姿勢には、尊敬の気持ちとともに、ちょっとだけ寂しさも感じる。
リーダーとして当然だろうけど、たまには僕にも頼ってほしい。
「ふみくん、もう遅いですし、そろそろ休んだほうが……」
言葉を切り出す前に、FUMINORIが少し顔を上げて、鏡越しに僕を見た。
その目には、ほんの少しの疲れと、でもどこか遠くを見つめるような、冷徹さが漂っている。
その目が僕を見て、瞬間的に何かを感じたようで、僕の口から出た言葉に反応したのだろうか。
「お前、考え事してる顔してるけど、何かあった?」
その問いかけが、思わず僕の胸をきゅっと締め付けた。
僕の心の中のモヤモヤを、まるで見透かされたような気がした。
いや、見透かされているからこそ、この問いかけが響いたのかもしれない。
(どうして……こんなに気になるんだろう)
いつものFUMINORIなら、もっと軽い調子で返してくるはずだ。
でも、今日はどこかしんとして、何か違う雰囲気が漂っている。
そんな空気に、心の中の思いが急に溢れ出してきた。
「ふみくん、最近……僕には冷たいですよね」
言ってしまった。
それがほんの少し恥ずかしかったけれど、心の奥底から沸き上がった言葉を、飲み込むことができなかった。
FUMINORIの顔が一瞬硬直する。
視線を合わせられないまま、しばらくの間があった。
彼が口を開こうとする気配もなく、僕はますます気まずさを感じていた。
その沈黙が長く感じられて、胸の奥が痛んだ。
「……冷たい?」
FUMINORIが小さく呟いた。
その声に、僕は思わず反応してしまう。
「はい。前みたいに、気軽に話せてた時と、なんか違う気がして……」
僕の言葉に、FUMINORIは少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに表情を消した。
しばらく黙っていた彼が、ふっと息をついてから、こう言った。
「……お前が誰にでも優しいから、俺だけ特別じゃない気がしてた」
その一言が、まるで雷が落ちたかのように、僕の中に響いた。
その瞬間、心臓が止まるかと思った。
頭の中が一瞬真っ白になる。
「……え?」
僕が驚きの声をあげると、FUMINORIはさらに目を逸らして、少し恥ずかしそうに笑った。
その顔に、なんだか切なさと、でも微かな嬉しさが入り混じった表情を見てしまう。
「……なんでもない。気にしないでくれ」
その言葉に、僕はもう一度心臓を揺さぶられる。
でも、何かが胸の奥で温かく広がっていくのを感じていた。
(……僕が誰にでも優しくしているのが、ふみくんには気に入らなかったのか)
その事実が、なんだかすごく嬉しくて。
それだけで、胸の中に温かいものが広がって、自然と笑顔がこぼれた。
「……バカだなぁ」
その一言が、どうしても口から出てしまった。
その笑いが、少し照れくさかったのは、きっとふみくんも同じだからだろうと思った。
すると、ふみくんは少し肩をすくめ、照れ隠しのように軽く笑った。
「……なんだよ、急に」
「僕にとって、ふみくんは特別なのに」
その言葉を、もう一度素直に言ってみた。
その時、ふみくんは目を見開いて、少しだけ驚いたように見つめてきた。
その目が、ほんの少しだけ優しさを浮かべた瞬間、僕は胸がきゅっとなった。
「……そういうことを、簡単に言うなよ」
FUMINORIは少し照れたように、顔をそむけながら言った。
その恥ずかしそうな姿に、思わずまた笑みがこぼれた。
「え、なんで? そんなに照れなくても」
「……言わないでおけって言ってるんだよ」
それでも、彼の顔が少し赤くなっているのを見て、僕はさらにその言葉が嬉しくて、心の中が満たされていくのを感じていた。
しばらくの沈黙の後、二人だけの空間に温かな空気が流れ始めた。
スタジオの隅から漏れる街灯の光と、静かな夜の音が、まるでこの瞬間を包み込むようだった。
ふと、FUMINORIがゆっくりとこちらを見て、少し恥ずかしそうに言った。
「……ありがとう、さっき言ってくれたこと」
その言葉が、また僕の胸を軽く震わせた。
「何言ってるんですか、急に」
「いや、なんでもない。ただ、すごく嬉しかったんだ」
FUMINORIは何も言わずに、少しだけうなずいて、また静かに振り向いた。
その時、僕たちの間にあった不安や遠さが、少しずつ溶けていくのを感じていた。
そして、二人だけの時間が、ゆっくりと温かく流れていった。
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