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Mifuya・walnut
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「人魚姫」
海は、昔から静かだった。
聞こえるとしたら、小さく弾ける泡の音だけ。
けれど最近、私は“音”を聞くようになった。
波の合間に混じる、誰かの声。
泡が弾けるたび、囁くように。
――「返して」
最初は気のせいだと思った。
。。。
私は人間の王子に恋をした。
その恋を成就させるため、声を差し出し、脚を得た。
歩くたび、骨が砕けるように痛んだが、それでもよかった。
だって、愛されれば報われると信じていたから。
でも、王子は別の娘を選んだ。
祝福の音楽。
眩しい笑顔。
そして私は、海に戻ることを選んだ。
――“泡になる代わりに”。
。。。
それからだ。
海の底で、声を失ったはずの私の中に、
まだ“声”が残っていることに気づいたのは。
最初は小さかった。
泡が弾けるときだけ、ほんの一瞬だけ。
でも、次第にそれは増えていった。
一つじゃない。
二つでもない。
無数の声。
。。。
ある日、私は気づいた。
この海には、“私と同じ選択をした者”が
たくさんいる。
声を差し出し、
愛されず、
泡になりきれなかった者たち。
消えることすらできなかった“何か”。
。。。
「ねぇ」
私は初めて、心の中で問いかけた。
「あなたたちは、誰?」
返事は、すぐに返ってきた。
――「お前」
その瞬間、胸の奥が冷たく揺れた。
すぐに違う、と言おうとして、
言葉が詰まる。
だって私は、
“声を失っている”はずだから。
。。。
泡が弾ける。
ぱちり、と小さな音。
そのたび、記憶が混じる。
知らないはずの恋。
知らないはずの痛み。
知らないはずの絶望。
全部、私の中に流れ込んでくる。
。。。
――私は、一人じゃなかった。
最初から。
“泡になる”ということは、消えることじゃない。
溶けることだ。
誰かと、誰かと、誰かと。
自分と他人の境界を、なくしていくこと。
。。。
「返して」
また、声がする。
今度は、はっきりと。
「私の声を返して」
「私の脚を返して」
「私の恋を返して」
違う。
それは私のものじゃない。
そう思った瞬間、理解してしまった。
――私も、誰かの一部になっている。
。。。
海面を見上げる。
光が揺れる。
その向こうに、
王子の船があるような気がした。
手を伸ばそうとして、止まる。
伸ばしかけたそれが、
本当に“私の手”なのか分からなかった。
。。。
泡が弾ける。
ぱち、
ぱちぱち、
ぱちり。
そのたび、また私が薄れていく。
。。。
最後に残ったのは、
たった一つの感情。
それが誰のものかも、もう分からない。
――愛して、ほしかった。
。。。
海は、今日も静かだ。
ただ、
耳を澄ませば、聞こえる。
無数の声が。
次に恋をする“誰か”を、
待ちながら。
今回もチャッピーに誤字などを修整して貰いました
過去作も読んでいただけると嬉しいです
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