テラーノベル
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心電図の電子音が、ゆっくりと、けれど確実に間隔を広げていく。
病院の白い天井も、窓の外の景色も、今の僕にはただの白い暗闇にしか見えない。僕の残された命を削り取っていく音だけが、虚しく病室に響いていた。
病室のベッドの脇には、ずっと葵がいた。
車椅子の車輪をきしませ、毎夜毎夜、眠ることも忘れて僕の手を握りしめてくれていた。温かくて、けれど少しずつ痩せていく小さな手。
「ねえ……どこにも行かないで。私を置いていかないで……」
葵の擦り切れた祈りの声が、僕の胸を深く刺す。
看病の疲れで彼女の体も限界を超えていることは、触れ合う手の震えで痛いほど分かっていた。僕を救おうと必死に祈り続けてくれた彼女のすべてに、感謝と、申し訳なさで胸がつぶれそうだった。
(神様っ……。僕の命は尽きるのですね……)
遠のく意識の中で、僕は必死に心の中で叫んだ。
(もし、最後の願いが叶うなら……一瞬でいい! 彼女の顔が見たいです)
その瞬間だった。
胸の奥を焼くような熱さとともに、ずっと真っ白だった視界のモヤが、すうっと晴れていく感覚があった。
目の前に現れたのは、ぼやけた影なんかじゃない。
濡れた瞳で僕を見つめる、溢れんばかりの涙を流した少女の素顔だった。
「……葵」
「え……?」
僕の声に、彼女が息を呑む。
息も絶え絶えの中、僕は生まれて初めて見る彼女の顔を、瞳に焼き付けるように見つめた。
「はじめまして……葵。……すごく、綺麗だ」
葵の目が見開かれ、ボロボロと大きな涙が溢れ落ちる。
奇跡はほんの一秒、コンマ数秒のことだったかもしれない。けれど僕には、永遠のように眩しかった。
「……大好きだよ」
最後にそう言い遺し、僕は彼女の手をぎゅっと握りしめたまま、静かに瞳を閉じた。
*
「……ずるいよ、瞬。勝手に一人で行くなんて」
彼の手から体温が消えていく。握り返してくる力が、すうっと失われていく。
葵は冷たくなっていく彼の手を、両手で固く、固く握りしめた。
「私の『目』になってくれるって……約束したのに」
毎日毎晩、祈り続けた。自分の体がボロボロになるのも構わず、彼のために命を削って側にいた。瞬がいない世界で、車椅子の自分が一人残されて、何の意味があるだろう。
「待っててね、瞬。すぐに行くから……今度は私が、車椅子を押してどこへでも連れて行ってあげる」
葵は彼の手を胸に抱きしめたまま、静かにベッドへ伏せた。
限界を迎えていた彼女の心臓が、彼の後を追うようにゆっくりと動きを止めていく。
二人が息を引き取った後も、つないだ手と手は決して解けることはなかった。
不完全だった二人の魂は、いまや何にも邪魔されない光の中で、永遠に重なり合っていた。
(了)
コメント
1件
「最終話、読み終わりました。涙が止まりませんでした……。ずっと顔を見たかった瞬が、最後の一瞬で見つけた葵の素顔。『はじめまして』と言わせたのが、あまりに切なくて、でも温かくて。手を離さず、彼女も後を追うラスト、胸がぎゅっとなりました。出会いと別れが重なる、とても美しい幕切れだったと思います。お疲れさまでした、赤虎さん🌷」