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空中司令機コクピット内では、イルヴィン・ボイド大佐が操縦桿を握っていた。サブパイロットの、ジェームズ・マクラクラン大尉は、ボイドよりも2回り歳下で、息子のロブと同じ年齢だった。
周りからの信頼も厚く、彼のお人好しな性格もボイドは気に入っていた。
初めて顔を合わせた際の言葉を、この頃よく思い出すのだが、
「大佐。私はあなたに憧れていました。共に任務にあたれて光栄です」
と、少年のように輝く瞳は、愛国心に溢れているようにも見えた。
「間も無く降下態勢に入る!」
羽田空港の管制官に、そう告げたのはマクラクランだった。
退任を間近に控えたボイドは、この航路を彼の腕に託した。
勿論許可は下りていた。
ボイドもまた、彼と共に最後の任務を遂行する幸せに感謝をしていた。
羽田空港の管制官が、日本語訛りで言った。
「今、この国の空はあなた方の特等席だ。幸運を祈ります」
その言葉の直後、機体が大きく振動した。
マクラクランから、操縦を受け継いだボイドは違和感を覚えた。
コクピット内の湿度が上がり続けている。
しかし、異常を示すアラートは見つからない。
着陸のやり直しの為に機体を上昇させ、水平飛行に移ろうとした時に、ボイドの嫌な予感は的中した。
高度が下がらないのだ。
計器や油圧、空調やエンジンに異常はなく、操縦桿も通常通りスムーズに動いている。
「大佐!あれを見てください!」
マクラクランの声に、ボイドは我が目を疑った。
厚い雲の切れ間から覗く空の下、ゆらゆらと揺れるコバルトブルーのオーロラが、突如として姿を現したのである。
その不気味なカーテンは、円の壁を描きながら、羽田空港目がけてゆっくりと下降を始めていた。
機体は激しく振動した。
コクピットの全てのディスプレイが、フリーズしていく。
ボイドは叫んだ。
「クソ!どうなってるんだ!!」
機体はまるで、オーロラに吸い寄せられる様に垂直に上昇を始めていた。
コクピットの窓に亀裂が走る。
雲を抜けた瞬間に見えたコバルトブルーのオーロラは、青空と同化して湖面の水面の如く、ぬらぬらと揺れ動いている。
機体を囲む氷の結晶が、奇く光りながら音を立てる。
地獄の門が開き始めているのを、機内の人間は誰も予期していなかった。
ボイドとマクラクランの身体を、青い閃光が覆う。
その瞬きは、空中司令機内に搭乗する全ての人間の肉体を包み込んだ。
機体は尚も上昇していく。
太陽が見える。
血の色に似た太陽が笑っている。
オーロラの筋が、壁の如く機体に迫る。
「大佐!!!」
マクラクランの言葉を最後に、アメリカ合衆国空中司令機内にいた158名の人間は消失した。