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 シュケーナ公爵はにっこりと顔を上げて一つ手を打った。 

「そうだ。君たちに渡したいものがあるのだが、そちらへ行っていいかね?」

 『きっと公爵からのお詫びだな』と思った四人はヨダレを隠して頷く。ニヤケは隠されていない。

 舞台前にセットされている階段へ足を踏み出す。二段上がったところで立ち止まった。

「イタタタ……」

 公爵が膝を抑えた。美オヤジにそぐわぬ仕草にまわりは首を捻る。

「ティスナー君。手を貸してもらえるかね?」

 公爵は一番体格のいいティスナー・イエット公爵令息に声をかけた。

「あ、わかりました」

 ティスナーは赤い髪をかきながら近寄る。

「うわぁ!!!」

 明らかにティスナーの手が届かない距離のある状態で、シュケーナ公爵は仰け反り階段から落ちた。たった二段。

 下はダンスフロアーなのでいい音はした。

 ティスナーの真っ赤な目が見開かれるが手を伸ばしたまま動けない。

「旦那様ァァァ!!!」

 執事服を着た者が駆け寄って背中に手を当て症状を伺う。

「キャビ。大丈夫大丈夫。イタタタ」

 執事のキャビに支えられながら起き上がったシュケーナ公爵は腰を擦った。

 キャビに助けられながら階段を登るシュケーナ公爵。

 ティスナーは恐ろしい者を見るかのように後退しシュケーナ公爵に場所を譲る。

「ヨルスレード君。これを見てくれ」

 シュケーナ公爵は胸の内ポケットから金色の封書を出し、ヨルスレードと真っ向に向き合う。

 ヨルスレード・ボイド公爵令息に受け取れというように突き出すとヨルスレードは漆黒の目を震えさせ恐る恐る受け取った。

「豪華な手紙だよねぇ。君は見たことあるかい?」

「は、はい。王家からの舞踏会の招待状ですね」

「せぇかーい!」

 シュケーナ公爵はヨルスレードの紺色の髪をナデナデした。それにもビクリとする。

「さすが、公爵家のご子息殿だ。よく知っているね」

 シュケーナ公爵はヨルスレードの頭にあったその左手を下げて封書を持つヨルスレードの右手をギュッと握った。

「あ、え?」

 戸惑うヨルスレード。そして、褒めた笑顔のままのシュケーナ公爵は右手でヨルスレードが持つ場所とは対角に辺りを握り強く引いた。

『ビリビリビリ!!!』

「ああ!! 陛下からいただいた大切な封書がぁ!!!」

 シュケーナ公爵が困惑の表情でわざとらしく叫ぶ。

 ヨルスレードは慌てて手を離した。その頃にはすでにシュケーナ公爵の手はヨルスレードの右手にも封書にもなく、金色をキラキラさせながら封書は床に落ちていった。

 ヨルスレードは急いで跪き封書を拾うも封書は無惨な姿だそれを両手に乗せて動けない。

「キャ、キャビ!!!」

「はい! 旦那様!」

「エリド君が私を軽蔑の眼差しで見てくる!」

 エリド・キオタス侯爵令息はヘーゼル色の瞳の前でブンブンと手を振り必死に否定する。

「エリド君はドジな私のことが嫌いなんだ……」

 エリドは長めのダークブラウンの髪を振り乱して首をブンブンと横に振る。

「だからああやって声もかけてこないし、怖い顔で睨みつけてくるんだぁ!!

影で私の悪口を言っているんだぁ。私はそのせいで社交界で虐められるんだぁ!

怖い怖いよ、キャビぃぃ」

 シュケーナ公爵はキャビの背中に隠れた。

「そ、そんな……」

 エリドの顔は真っ青だ。

 ノイタールとヒリナーシェは何が起きているのか理解できずあ然としていた。

「キャビ。そろそろ渡すもの渡して帰ろう」

 シュケーナ公爵は涙をハンカチで拭くような仕草をした。

「はい。旦那様」

 キャビは舞台下に控えていた執事二号から封書を三枚受け取る。

「こちらをどうぞ」

 ティスナーとヨルスレードとエリドに渡された。

「中身をご確認ください」

 三人は封を開いた。

「なっ! なんだこれはっ!?」

「き、き、金額が……」

「そ、そもそもなぜ請求書なのですかっ!?」

「旦那様は初めに仰られました。『同じようなことがあったら、みなさんも認めてください』と。そして、皆様はご了承なされた」

 三人の手は震えが止まらない。

「冤罪であっても被害者であるシュケーナ公爵閣下が訴えれば、訴えられた者は犯罪者となる、ということです」

「ティスナー君に突き落とされたぁ!

ヨルスレード君に大事な封書を破られたぁ!

エリド君に悪口を言われたぁ!」

「と、我が主は訴えておりますので、その慰謝料の請求書です」

 主従のあうんの呼吸である。

「我が主はロンダル男爵家に九年分の収益金額をお支払いになりました。

ですから、皆様のお手元のそれはシュケーナ公爵家の三年分の収益金額です」

 舞台下が騒がしくなった。三組の夫婦がどけどけと言いながら前に出てきた。

「シュケーナ公爵閣下! どういうことですか?!」

 ティスナーの父親イエット公爵が叫んだ。

「みなさん。私がノイタール殿下に手紙を渡すまで出て来ないと約束したではありませんか?」

 シュケーナ公爵はわざとらしいほどの呆れ顔だ。

「だがっ! シュケーナ公爵家の収益三年分の請求書など! 聞いておりませんでしたぞ!」

 顔を赤くしたイエット公爵が怒りに任せて叫ぶ。

「それ相当な慰謝料をいただくと、ご説明したはずですが?」

 いくらイケオジでもコテンと首を傾げる姿は可愛らしく…………はない。

その婚約破棄、娘の代わりに喜んでお受けいたしましょう

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