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リフェアリー
128
八月。偽の証が、三十枚、見つかった。
四月の一枚とは、違った。四月のは、漉き目が縦で、朱が同じ色だった。八月のは、漉き目が斜めで、朱が四色だった。本物の紙漉きの家で漉いた紙に、四つの印を、別々の朱肉で押してあった。
見分けたのは、つむぎでも、米屋の誰でもなかった。
通し番号だった。
「同じ番号が、二枚ある」ひかりが、峠の小屋で言った。三冊の台帳を照らしていて、気づいた。「八百二十一番。諏訪の灯さんが持ってきた一枚と、隣村の味噌屋が受け取った一枚。両方、八百二十一」
要は、二枚を、並べた。
紙も、印も、字も、同じだった。要の字。要の印。違いは、どこにもなかった。番号以外。
「……僕の印が、使われてる」
要は、懐から、自分の印を出した。一ノ瀬がくれた、何も彫られていなかった印。要が、自分で『土師』と彫った印。手の中にあった。盗まれていない。
「印を、真似された?」ひかりが聞いた。
「真似じゃない。これと同じ印を、誰かが、彫った。僕の字は、下手だ。下手な字は、真似しやすい」
「他の三つの印は」
「同じだ。四人の印を、全部、彫った。朱肉も、四色、揃えた。紙は、本物の紙漉きの家から、買った。番号だけ、既にある番号を、使った」
三十枚。通し番号は、全部、既に発行された番号と重なっていた。発行の台帳には、載っていない。載っていないから、台帳を照らしても、発行枚数は、合う。合うから、気づかない。
番号が重なった二枚が、偶然、同じ週に、同じ小屋で照らされなければ。
*
「誰が」つむぎが聞いた。
要は、答えられなかった。
四つの村の人間なら、誰でもできた。紙漉きの家は、紙を売る。印は、木を彫れば作れる。朱肉は、四色あれば足りる。要の字は、誰もが、何百枚も見ている。
「わからない。でも、たぶん、一人じゃない」
「なんで」
「三十枚を、一人で、四つの村に散らすのは、難しい。諏訪にも、隣村にも、木曽にも、下流にも、出てる。飛脚か、商人か、村の中の何人かが、手を組んでる」
つむぎは、黙っていた。
「犯人を、探さないんでしょ」
「探さない。探しても、次が出る」
「じゃあ、どうするの。番号は、照らせば見つかる。でも、照らすまでに、三十枚が、米や味噌や魚になってる。誰かが、損してる」
要は、うなずいた。
三十枚分。米三十キロ。それを、四つの村の誰かが、渡した。偽の証と引き換えに。その誰かは、偽の証を、次の誰かに渡す。次の誰かは、また次へ。三十枚は、四つの村を、本物のように、回っている。
回っている間は、誰も、損していない。最後に持っていた人間が、台帳と照らされたときに、損をする。
「最後の人が、損をする」要は言った。「それは、不公平だ。最後の人は、偽物を作った人間じゃない。ただ、運が悪かっただけだ」
「じゃあ」
「組合の蔵から、出す」要は言った。「偽の証を、最後に持っていた人には、組合の蔵から、本物の証を渡す。三十枚。運が悪かった家を、支えるのが、組合だ」
「蔵が、減る」
「減る。でも、三十枚なら、持つ」
「次に、三百枚、出てきたら」
要は、答えに詰まった。
三百枚なら、蔵が空になる。三千枚なら、証そのものが、紙になる。偽の証が、本物より多くなれば、誰も、証を受け取らなくなる。
大剥離の夜と、同じだ。本物が、本物のまま、増える。どれが本物か、わからなくなる。
「……そうか」要は、小さく言った。
「何」
「これ、ゼロと同じだ。ゼロは、記録を、千二十四通りに増やした。偽の証を作った人間は、証を、増やしてる。本物と見分けのつかない形で。やってることは、同じだ」
要は、二枚の八百二十一番を、見た。
記録ではなく、物にすれば、ゼロは入れない。要は、そう思っていた。和紙は、増えない。印は、増えない。手の中の一枚は、一枚のまま。
違った。物は、人が、増やせる。ゼロは入れない。でも、人は、入れる。
「侵入前提」要は言った。「忘れてた。侵入するのは、ゼロだけじゃない。人も、侵入する。僕は、ゼロの侵入だけを、前提にしてた」
*
夜。要は、ノートの、ロードマップを見た。
〇、目。一、顔。二、三冊。三、割符。四、評判。五、手形。六、証。七、組合。八、貸す。九、遠隔。
六の証が、侵入された。人に。
直す方法は、いくつかあった。番号を、三冊の台帳で、毎週、全部照らす。遅い。漉き目に、紙漉きの家だけが知る印を、入れる。紙漉きの家が、買収されたら終わり。印を、もっと複雑に彫る。複雑な印も、彫れる。
どれも、「防ぐ」方法だった。防げると思うな、と要は自分で書いた。
侵入されても、回る方法は、何か。
要は、組合の蔵を思った。三十枚なら、持つ。三百枚なら、持たない。
なら、三百枚にならないうちに、見つける。見つけるのは、台帳ではなく、人だ。四つの村の、証を受け取る全員が、通し番号を覚える。自分が受け取った番号を、自分の家の壁に書く。隣の家の番号と、照らす。同じ番号があれば、峠に持ってくる。
四つの村の、全員が、台帳になる。
遅い。面倒だ。でも、三百枚になる前に、たぶん、見つかる。
「つむぎ」要は言った。
「何」
「四月に、君が言ったこと。仕組みは、人を見る目を、助けるためにある。それ、証にも、使う。全員の目で、番号を見る」
つむぎは、少し、笑った。
「やっと、わかった?」
「やっと、わかった」
翌週、四つの村の、全部の家の壁に、証の通し番号が、書かれ始めた。炭で、墨で、釘で。
壁が、台帳になった。四百の壁が。
コメント
1件
第40話「騙り」、読み終えました……! いやあ、今回も染みました。偽の証が三十枚も回ってたっていう発覚の仕方、ひかりが「通し番号が重なってる」って気づくところ、すごく好きです。偶然、同じ週に同じ小屋で二枚が並んだだけで見つかったって、あの“気づかれない仕組み”の怖さがゾッとしました。 それで要が「誰かを探すんじゃなくて、最後に偽物を持ってた人を組合の蔵で支える」って即決するところ、この人の考え方だなあと。損をするのは“運が悪かっただけ”という人——ここ、すごく要らしい優しさだと思いました。でもつむぎの「三百枚出てきたら?」という問いに詰まるのもリアルで。そこで要が「ゼロと同じだ」と気づき、仕組みを“人の目”に開いていく展開がとても良かった。四月につむぎが言ったあの言葉が、ここで本当に形になりましたね。「壁が台帳になった。四百の壁が。」——この一文に全部詰まってる気がします。 丁寧に積み上げてきたものが、少しずつでも人の手に返っていく感じがして、じんわりしました。続きも心待ちにしています🌷