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#子育て
都築七美
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Tubling
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翌朝。
慎は重い身体を起こした。目の下には濃い隈ができ、昨夜の疲れもほとんど抜けていない。
それでも、隣で目をこする遥斗を抱き上げる。
「おはよう、遥斗。……昨日は、ごめんな」
スマートフォンには、今日も《Re:Birthプログラム・ToDoリスト》が表示されていた。
(昨日みたいにはならない)
「……よし。今日は、昨日よりちゃんとやる」
*
二日目は、昨日より少しだけうまくいった。
ミルクはきちんと温度を確かめ、泣いている遥斗を急かさずに待つ。
洗濯も一度にすべて片づけようとせず、遥斗の様子を見ながら進めた。
(昨日は“早く”“効率よく”って、そればっかりだった)
ミルクを飲む遥斗の小さな口を見つめる。
(急がせるんじゃなくて、こいつに合わせるんだ)
公園でも、スマートフォンはポケットへしまった。
砂場で遊ぶ遥斗のすぐそばに座っていると、小さな手が慎へスコップを差し出す。
「……なんだ。一緒にやりたいのか?」
二人で砂を積み上げる。
不格好な山ができただけで、遥斗は嬉しそうに笑った。
「きゃっきゃ!」
その笑顔につられ、慎も笑う。
(昨日は“終わらせること”しか考えてなかったな)
家事も育児も、仕事のように効率化すればいいと思っていた。
けれど、子どもは予定通りになど動いてくれない。
(思い通りにしようとするんじゃなくて、俺が合わせるのか)
それがわかっただけで、昨日とは少し違って見えた。
*
けれど、コツがわかったからといって、育児が楽になるわけではなかった。
美咲が帰ってくるまで、あと五日。
スーパーへ行けば、遥斗はお菓子を握りしめて離さない。
「ダメだって。それは買わない」
「やぁぁぁ!」
周囲の視線を浴びながら、慎は汗だくで遥斗をなだめる。
夕食では、昨日食べたはずのにんじんを拒否された。
「ほら、昨日は食べただろ?」
「やーだぁ!」
スプーンが飛び、慎のシャツに汁が散る。
「……っ」
声を荒らげそうになり、慎は深く息を吸った。
「……ごめん。ちょっと休憩な」
昨日よりうまくできることは増えた。
それでも、昨日できたことが今日はできない。正解だと思った方法が、次の日には通用しない。
そして夜になれば、何度も泣き声に起こされた。
「大丈夫、大丈夫……」
遥斗を抱いたまま部屋を歩く。
ようやく眠った頃には、カーテンの向こうがうっすらと明るくなっていた。
(寝不足で頭が回らないって……こういうことか)
*
ぼんやりした頭で朝食を用意していると、ふいに以前の美咲の言葉が蘇った。
――遥斗、最近偏食がひどくて……それに、夜泣きも増えてきたの。
あのとき、自分はろくに話も聞かなかった。
――またか? そのうち落ち着くだろ。気にしすぎじゃない?
「……気にしすぎ、か」
慎は冷蔵庫の扉を閉じた。
テーブルには、食べてもらえなかった離乳食と、半分残ったミルク。
少し離れたところでは、遥斗がようやく眠っている。
慎は椅子へ腰を下ろした。
(美咲は、これをずっと一人でやってたんだ)
遥斗が食べないことも、眠らないことも、熱を出すことも。
そのたびに不安になって、それでも自分には「気にしすぎ」の一言で片づけられて。
(……一番つらいのは、忙しいことじゃないのかもしれない)
慎は目を伏せた。
(“いる”のに、頼れない)
(“分かってほしい”のに、分かってもらえない)
(それが、一番しんどいんだ)
ようやく、美咲の孤独がわかった気がした。
*
その夜。
遥斗は、慎の隣で穏やかな寝息を立てていた。
慎はスマートフォンを開く。
《Re:Birthプログラム・ToDoリスト》
並んだすべての項目に、チェックマークがついていた。
「……完了、か」
以前の自分なら、すべての項目を片づけたことに満足していただろう。
けれど今は、それだけではないとわかる。
慎は眠る遥斗の髪をそっと撫でた。
(俺、ずっと仕事にしか価値を見いだしてなかった)
数字を出すこと。
評価されること。
成果を残すこと。
それだけが「仕事」で、それ以外は大したことではないと思っていた。
(でも、美咲は毎日これをやってたんだ)
誰にも評価されなくても。
終わりが見えなくても。
遥斗が今日も元気に生きられるように、ずっと。
「……本当に、すごいよ」
その瞬間、スマートフォンの画面が白く光った。
《Re:Birthプログラム体験はここで終了です》
《現実世界へ戻ります》
「……え?」
光が、次第に部屋全体へ広がっていく。
慎はもう一度、遥斗の寝顔を見つめた。
(ありがとう、美咲)
そして――。
(ごめん)
白い光が、慎の視界を包み込んだ。
コメント
1件
うわあ…慎、ようやく美咲の気持ちに気づいたんだね。 「“いる”のに、頼れない」「“分かってほしい”のに、分かってもらえない」って言葉、心にグッときた。 成果主義の男が育児を通じてパートナーの孤独を知るって、すごく丁寧に描かれてて泣きそうになったよ。 最終日じゃなくてよかった…続き、気になる🌙