信号が変わり、走り出した車の中で、
「……翻弄されてるのは、私だって同じです…」
彼女がポツっと呟く。
「本当は、さっきだって……キスを我慢しようと思ってたのに、あなたの顔を見てたらそれもできなくなって……」
そんな風にも言われて、胸がドキリと高鳴るのを感じた。
なぜ、こんなにも彼女は愛おしくて……。
そう考えて、きっとそれは……私が愛しているからだけではなく、彼女から愛されていることが伝わってくるからだと……。
『いつかおまえが人を愛したら、互いに愛し愛されて、
共に愛し合っていけることを、願っているから』
彼女の愛情を改めて感じると、父の言葉が頭に思い浮かんだ。
お父さん──共に愛し合っていける人を、やっと私も見つけることができました……。
心の中で父へ語りかけると、傍らの彼女へ、
「ありがとう……」
と、小さく口に出した……。
目的地に着いて、車を停めた──。
「ここって……?」
不思議そうな顔をしている彼女に手を差し伸べて、
「少し歩きませんか?」
車を降りて歩き出した。
彼女の手を取ると、海辺の大きな公園を抜けて桟橋へ向かった。
「……もしかして、船ですか?」
港に停泊する大型客船を見上げて、彼女が口にする。
「ええ、この船でワンナイトクルーズへ行こうかと」
「ワンナイトクルーズに?」
白く大きな船を見上げたまま、まだどことなく不思議そうな表情を浮かべている彼女に、
「ワンナイト…つまり一泊のクルーズへ行くんです。いいですか?」
そう確かめると、
「……一泊?」と、驚いた様子で尋ね返された。
「旅行の用意なんて、私なんにも……」
当惑気味に話す彼女を、
「必要なものは、船の中で揃いますから。秘密にして、あなたをびっくりさせたかったので、」
傍らへそっと抱き寄せて、
「けれど驚かせて、悪かったですね…」
耳元に囁きかけると、
「いいえ」と彼女は首を横に振って、「こんなに嬉しいサプライズなら、歓迎です。悪かったなんてことは、全然ありませんから」そう話すと、
「……さっきもお話ししたように、一緒ならどんな秘密でも大丈夫なので」
その後をこう続けて、私に笑いかけた。
「よかった……初めて君と出かけた時にも、船に乗りましたよね? それで、また二人で船に乗れたらと」
囁いた耳へちゅっとだけ口づけて、「では、行きましょうか」と、船内へ彼女の手を引いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!