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店内に戻ったソーレンは

店の独特な落ち着きに

少しだけ緊張が解けるのを感じた。


休憩の間に

心の整理はつけた心算だったが

レイチェルの姿が視界に入ると

どうにも胸の奥がチクリと痛む。


厨房で片付けをしている

レイチェルの背中が

普段よりも少し小さく見えた。


ソーレンは深く息を吸い込み

意を決して

その背中に向かって足を進めた。


「おい、レイチェル」


ズカズカと

力強い足音が厨房に響き

レイチェルがびくりと肩を震わせた。


「ソーレン?どうしたの?」


振り返ったレイチェルの表情には

少し困惑が滲んでいる。


ソーレンは

その顔を正面から見つめ

拳をぎゅっと握りしめた。


「⋯⋯⋯⋯さっきは、悪かった」


唐突に謝られ

レイチェルの目が丸くなる。


「えっ⋯⋯?」


「さっき

怒鳴ったりして⋯⋯悪かった。

お前、何も悪くねぇのによ⋯⋯」


その低くて真剣な声に

レイチェルは少しだけ驚きつつも

口元に微かな笑みを浮かべた。


「あ、ううん。

気にしてないよ。

ソーレンが悩んでるんだろうなって

ちょっと分かってたし⋯⋯」


「だからって

八つ当たりしたのは俺だ。

⋯⋯本当に悪かった」


俯いたままのソーレンの姿に

レイチェルは少しだけ心が温かくなる。


「⋯⋯ソーレンがそんなことで

謝ってくるなんて⋯⋯

後で空から槍が降るね!」


くすりと笑うレイチェルに

ソーレンは顔を顰めた。


「うるせぇ⋯⋯」


「でも、嬉しいよ」


「は⋯⋯?なんでだよ」


「うーん⋯⋯なんでだろう?」


レイチェルは首を傾げ

考え込むようにして微笑む。


「ソーレンが

ちゃんと私のことを考えてくれてるって

⋯⋯分かったからかな」


その言葉に、ソーレンの眉が僅かに動く。


「⋯⋯お前

本当、変わってるよな」


「そうかな?」


「普通なら⋯⋯

もっと怒ったっていいんだぞ」


「うーん⋯⋯

私、ソーレンが怒るときって

大抵理由があるって知ってるから」


「⋯⋯は?」


「ソーレンが怒る時って

護ろうとしてる時や

困ってる時なんだよね」


レイチェルの言葉が

ソーレンの胸にじんわりと染み入る。


「それにね⋯⋯

私だって、ちょっと反省してるの」


「反省?なんでだよ」


「ソーレンって

あんまり人と接するの得意じゃないのに

私が無理させてたのかな⋯⋯って」



その言葉を聞いた瞬間

ソーレンは無意識に手を伸ばし

レイチェルの肩を掴んだ。


「ちげぇ⋯⋯お前は悪くねぇ。

俺が⋯⋯勝手に悩んで

勝手にパニクってただけだ」


「ソーレン⋯⋯」


「⋯⋯俺は

どうすりゃいいか分かんねぇだけだ。

お前が嫌いとか

そういうのじゃなくて⋯⋯寧ろ、逆だ」


レイチェルの瞳が揺れる。


「⋯⋯⋯逆って?」


「⋯⋯だから、その⋯⋯」


ソーレンの顔が僅かに赤くなり

言葉を探している。


レイチェルは

そんなソーレンを見つめたまま

小さく息を吸い込んだ。


「ふふ⋯⋯

ソーレンって、本当に不器用だね」


「⋯⋯うるせぇ」


「でも、なんだか嬉しい」


ソーレンは

レイチェルから目を逸らし

少しだけ鼻を鳴らした。


「もう⋯⋯

そんなに真面目に謝られたら

私まで照れちゃうよ」


レイチェルは軽く笑い

ソーレンの手を

そっと自分の手で包んだ。


「⋯⋯これからは

ちゃんと話してね?

なんでも独りで押し付けないで

少しずつで良いから

相談してくれたら嬉しいな」


「⋯⋯あぁ、できりゃあな」


そう呟いたソーレンの顔には

ほんの少し

照れ臭さが混じっていたが

その声には確かな温かさが含まれていた。


レイチェルの笑顔に

ソーレンの胸の中で

固まっていた何かが溶けていく。


その瞬間

いつの間にか気持ちが

軽くなっている事に気付いたソーレンは

少しだけ口元を緩めた。


「じゃあ⋯⋯

次、手が空いたら

コーヒーでも淹れてやるよ」


「わぁ、嬉しい!

ソーレンの淹れるコーヒー

結構、好きよ!」


その素直な言葉に

ソーレンは顔を背けながら

小さく呟いた。


「⋯⋯ったく、調子いい奴だな」


レイチェルの笑い声が

厨房にほんのりと

温かさを運んでいた。



紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜

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