だって好きだから

かつて。

阿部が目黒と二人きりになった時、目黒と恋について話したことがある。

💚目黒ってさ、好きな人とか、いるの？

🖤いるよ。ずっと好きな人

すんなりと答える目黒。

阿部はショックを受ける暇もない。

💚…そうなんだ

🖤阿部ちゃんみたいに優しい人だったらよかったのに

💚……優しくないんだね、その人。

🖤……んー、ないしょ

それだけ言ってしまうと、目黒は部屋から出て行ってしまった。

阿部は心からその人が羨ましいと思った。

---

少し前から。具体的には、年明けからしばらくして、阿部はその相手は渡辺なのではないかと疑うようになった。

渡辺の気持ちは定かではないが、目黒が渡辺を想っているのは間違いない。

渡辺が崖から落ちてからの目黒の過保護っぷりやいつも渡辺を見る熱っぽい視線。

それに、あの二人はいつも一緒にいる。

今まで気づかなかったかのが不思議なくらいだ。

阿部は自分たち先輩相手に委縮する新メンバーの三人をいつも率先してケアしていた。

質問しやすく、話しかけやすくを心がける。もともと阿部が優しい人柄なのもあって、三人は阿部を窓口にしてオリジナルメンバーと仲良くなったといっても過言ではなかった。

そんな中でも目黒は特に可愛かった。

なんでも素直に話を聞くし、逆に阿部が落ち込んでいる時には助けてくれる。

いつの間にか守るはずだった目黒に守られている場面が増えていく。

そして今では目黒はその持ち前の包容力でメンバー全員を支えている。

そんな目黒が渡辺に恋をした。

ずっと目黒を見てきた阿部には間違えるはずがない。

なぜなら阿部は目黒に恋していたから。

もどかしいのは渡辺がいつまでたっても目黒になびかないように見えること。

二人きりの時の様子はわからないけれど、目黒ほどの男が想いを向けているのだから、渡辺にはしっかり応えてほしいと阿部は思っていた。

外野のくせにと自嘲しながら、いつもやきもきしている。

渡辺が崖から落ちたあの時。

目黒は自らの危険を顧みずに渡辺を助けた。

阿部はその時にはっきりと阿部自身は失恋したと思っている。

だからこれからは目黒と渡辺を見守ろうと誓った。

二人がうまくいってほしいと願った。

二人が付き合っていることをメンバーに公表することはなかったが、阿部は目黒の日頃の様子からきっとそうなのだろうと決めつけていた。

---

個室タイプの居酒屋兼ご飯屋さんで、今、阿部は渡辺と向き合っている。

問題の渡辺はさっきから挙動不審だ。

鳴り続ける携帯をずっと無視している。

💚ねえ

💙ん？

💚いいかげん電話に出たら？

💙…でも

💚気になるからさ

このままではちゃんと話に入れない。

阿部はテーブルの上の携帯を掴むと、渡辺に差し出した。渡辺は阿部にことわって、そそくさと個室を出て行く。

💚ふう

さて、どうやって話そう…？

いきなり目黒との現状を聞くのはハードルが高い。

でも阿部としてはきちんと言うべきことは言っておきたい。

💙悪い

少し経って、渡辺が戻って来た。

💚大丈夫？

💙うん？ああ、平気

💚もしかして、電話の相手はめめ？

💙…は？

渡辺はきょとん、としている。

どうやら違うようだ。

じゃあ誰なんだろう？と考えるが他には思いつかない。

本当に大したことのない用件なのかも…と阿部が考えていると、渡辺の方から話を切り出してきた。

💙で？今日は何？

💚…うん。俺、どうしても翔太に言っておきたいことがあって。

💙なんだよ

虚勢を張ってすごむ渡辺。何をふてぶてしい、と阿部は思う。

💚翔太さ、俺たちに隠し事してない？

💙え？してない…けど…

💚じゃあ恋人とはうまくいってるの？

阿部は思い切って言った。

すると渡辺はわかりやすく固まった。

もしかして阿部に気づかれた…？

渡辺は自分の心拍数が上がるのがわかった。顔にも出てるだろう。慌てて下を向く。阿部の顔を見返す勇気が出ない。

💚照が事故に遭った時、翔太駆け付けたんだってね？

💙……

💚仲間想いなのはいいけど、めめのこともちゃんとして？

💙……めめ…？

💚うん。俺、知ってるから

渡辺は混乱した。

何を知ってると言うんだろう？

しかし、下手なことは言わない方がいい。

渡辺は黙って阿部の話を聞いている。

💚めめは、翔太のこと大好きなんだよ？

💙ちょっと…何の話？

💚芝居はいいから！

阿部の声が大きくなる。渡辺は戸惑うことしかできない。

💙落ち着けって

💚俺、二人がうまくいくように応援してるから

💙…

💚ちゃんとめめのことも大事にしてね

それだけ言うと、阿部は自分の分の支払いを置いて、出て行ってしまった。

---

🖤で、俺たち付き合ってることになってんの？阿部ちゃんの中で

💙悪い。あんまり強く否定できなくって…

電話口で目黒のため息が聞こえる。

岩本の誘いを断って、渡辺は今はもう自宅に帰って来ている。思ってもみなかった展開に、とりあえず目黒には伝えた方がいいだろうと電話を掛けたのだ。

💙阿部、怒ってるんだもん、目黒は絶対俺のことが好きだからって。そんなわけないのに

🖤……岩本くんにはこのことは？

💙言えるわけない

🖤だろうね

💙とりあえず、もうこうなったらあんまり疑われるような距離感は気を付けてほしい

🖤そんなの不自然じゃない？俺たちずっと仲いいし

💙…うーん

🖤ほっとけば忘れるよ

💙だといいけどな…。阿部、このこと変に照に言ったりしないよな？

渡辺が気になるのは岩本。万が一このことが岩本に知れたら喧嘩になるのは必至だ。それだけはどうしても避けたい。

🖤わかった。じゃ、俺から阿部ちゃんに話しておくよ

💙目黒、マジでいいやつ！悪いけど、くれぐれも照のことは内緒にしてくれる？

🖤はいはい

渡辺は電話を切る。

もうあとは目黒に任せよう。

今夜はもう一件電話を掛けなきゃいけない相手がいる。

そっちの方がある意味大変だ。

渡辺はため息をついて、岩本に電話を掛けた。