テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それからの学校生活というもの、僕と坂谷との距離は近くなった。いや、彼女に近寄せられたと言うべきだ。だって教室に入室した瞬間に、
「森くん、おっはよう!今日は夏晴れだよ!」
高位に就いている人物の割には天真爛漫だ。たが蓮っ葉な|訳《わけ》ではないのだ。勿論、高水準な所作や礼儀は兼ね備えているだろうが、そう思わせない態度で振る舞っている。だがそれはそれで好都合だ。そして可愛い。僕は何気ない会話を交わす。
「おはよう。坂谷さんは、今日も何だか元気だね」
「だって元気があればなんでもできるから!」
「政権交代だって?」
「えなんて?」
「いやなんでもない」
「ね、そろそろ夢花でよくない?なんか距離あって気まずいし」
夢花と呼ぶことにはなった。が、何だか僕は周りからの視線を浴びている気がする。これは転入の時とはまた別の香りがする。やはりクラスの一等星とこんな会話をしていれば、視線は自ずと集まるものか。
さあ今日も学校に居残る事情はない。だから素早い帰宅を目指す。坂谷にバイバイを言われて歩き出すのだが、何だか廊下を歩く音が、今日はいつもより増幅して聞こえる。ふと後ろを振り向くと、そこにはあのパーティーにいた女子二人がいた。そして、
「ちょっと時間ある?」
「いつもお暇なのですよね?」
一件清楚そうに見える奴は口が悪い。気品の全てを東京湾にぶん投げたようだ。余計なお世話だ。一方のスポーティーな方は、案外口調も柔和だ。これって告白のパターンとかって……、絶対に無い。断言しよう。一応靴箱の|側《そば》で話を聞く。清楚野郎は|河瀬美桜《かわせみお》、スポーティーさんは|花崎瞳々《はなさきみみ》だそう。
まず花崎は唐突に告げる。
「夢花はあなたに惚れている。」
「私的に惚れる要素は見当たらないんだけど」
「呆れました。顔ですよ、顔」
「果たしてそんなイケメンか?僕」
「まあクラスの男子はイケメンのオンパレードだけどね。多分彼女の理想像のカタにハマったのよ」
「二人は僕に何とも思わないのか?」
「頭狂っていらっしゃるのでは?イケメンにも私なりの好みがありますし、第一あなたを好きにならないと思います」
「私は普通。ここでの普通は、どう転ぶこともないという意味合いで。」
「して、二人がそこまで熱弁する根拠はなんだ?」
「夢花、最近あなたの話題しかしない。パーティーの件の前後は特に酷かった。楽しんで貰えるか不安、敬語を止めて嬉しい、笑顔が苦手なの可愛い、だの。もう聞くに耐えないわ。」
「だから学校生活、そして先のパーティーであなたの人間性を、遠くから精査させて頂きました。」
「……それはそれは、ご苦労様」
彼女らが口を閉ざしたままだった理由が遂に発見された。僕なら逆に、話し掛けて素性を暴きたいと思う派なのだが…、まあ人それぞれだ。
そもそも話の一つも交わしてないのに既に嫌われているのなら、その時僕はこの学校にいる資格はないだろう。
色恋の一件の是非については、何とも言い難い。僕の本心は内面で女を惚れさせたい。最近思うようになったこの理念が、あの停滞を産んでいる。折角授かった顔を存分に生かして、ふんぞり返っても悪くはないが、いつか老けた時、真の幸せは継続不可だ。それまでに|謂《い》わば顔面欲も、|大分《だいぶ》薄れていくだろうけど。純愛で長いこと生きてきた身としては、
ただそれ以上に、顔面の物差しを選定に百使う夢花に、絶望しかけている僕がいる。だが確定ではない、確定ではないのだ。女子の勝手な臆測、……三人間の距離は近そうだけど。変に僕の中で、彼女の名誉を毀損する意義はない。それに学校生活で、眼福は長いこと享受していたいものだ。
それで結局この二人の目的は何だ。話の最終到着地は何処だ。
「それで二人はどうしたいわけ?」
「簡単よ。まず連絡先を交換しなさい。そして早いこと夢花と付き合えばいいのよ。」
「他人だからって大胆なこと言うな」
「だって他人だから」 「だって他人ですし」
先程から顕著だが、女子はいつの時代もシビアだ。僕に変な気を起こされないための、自衛としては妥当な行為かもだが、SAN値はゴリゴリに削られていく。多分そのうち男の一人でも、死の淵に追いやれるだろう。|殺戮《さつりく》兵器だ。
でも夢花と交際か。それなりの確率で可能なのだろうが、現状内心|は混沌《カオス》だ。……でも交際すれば、ワンチャン至上党の中枢に極限まで接近可能だ。僕としては一応敵対組織の、しかもナンバーツーの娘との交際だ。かなり美味しい話だ。僕の一存次第で、民主主義の復活はぐんと近付くことも可能だ。しかし彼女をツールとして、利用して使い果たすのは酷な話だ。僕も鬼ではない。
だが、チャンスは一度きり。圭は多分交際を喜ぶスタンスだろう。が、夢花に圭との同棲がバレたら言い逃れは……、言い訳は困難を極める。
あぁもうこうなったら|自棄糞《やけくそ》だ。夢花に恋してやろう。そうすれば合法だ。それでいいな、僕、いや拒否権はない。
僕は明日から彼女を意識してみることにした。と言っても、惚れると恋愛感情は別物である。そして言われてみれば、僕には連絡手段が存在しない。この点は圭に要相談である。
8月の最後は真近に迫っている。そういえば、この学校には夏休みという概念は存在しないらしい。これだけ美人共に勉学を促していたら、頭脳派が量産体制として確立される訳だ。
常々思う所だが、至上党の奴らはやけに頭が冴えている。統治ができているということは、つまりそういうことだ。 100年前の政治家擬きより、明らかに優秀だ。果たして本当に民衆党の理念が叶う秋は訪れるのか。この日常が、現実味を何倍にも希釈していく。そしてあの子に色恋を働く以上、一時は至上党に己を委ねる必要がある。その間に僕の理念が翻されることもあり得る。僕の浅はかな思考でも、圭を裏切る展開は十分に予見される。
…だから、早く僕の強固な政治的立場を位置付けないと、二兎追うもの一兎も得ずだ。
——— ——— ———
「彼は私が目論んだ通りの男性でした。まさか坂谷俊朗の愛娘を、こんなにも早く掌中に収めるとは想定外でしたけど」
「でも圭。彼もそろそろ勘付く頃合いじゃないかしら。馬鹿じゃあの学校の学徒は務まらないわよ」
「……だからですよ。敢えて気付かせるのです。そして私は適当な謝罪の言葉を並べます。部屋を貸している借りが合わされば、彼は許容するでしょう。そして最後には私の内面の暴露に感動して、この同居生活の居心地のよさは増すことでしょう。」
「でもそんな都合よくいくものなのかしら」
「私の洞察力はこの国一番です。甘くみたら後悔に明け暮れるでしょう」
「怖い女だこと」
「彼には情報源として動いて頂きます。私は必ずカチを取ります」
——私の暴挙に付き合って貰います