テラーノベル
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次の日の登校は、また過去最高を更新する緊張に包まれていた。一旦落ち着いて考えてみても、やっぱり僕が告白とかおこがましいにも程がある。二人の話を信用しきって空回りしたら、それこそ学校生活に終止符が打たれる。…や、やだ、ゼッタイやだ。今の吐き気は、体内の臓器という臓器を全排出しそうだ。
仮に告白するにしても、男側からの告白はマストだ。これは僕の意思として時代が移ろっても、断固として放棄しない。第一に、|矜持《きょうじ》はそう簡単に放棄すべきじゃない。…うん、そうだそうだ。
いざ正門、靴箱、廊下、そして教室が迫ってくる。ここを開けたら彼女がいる。だから平穏を装う。そしていざ…、
パサッ………。
扉の少し向こうで頭を下げた少女がいた。その少女とは坂谷だった。そして右腕を地面に平行に伸ばしている。周りは僕を見つめる。軽蔑や驚愕より、彼ら彼女らは感動している。僕は坂谷に近づく。そして、
「う、うわっ、うわぁった、わたぁぁぁ!!」
遂に発狂し出した。そして視認できないハズの覇気が出ている。何が起きた。何を起こしてしまった。僕までパニックに陥りかけた。
そう。あくまでも陥りかけた、だけで、すぐにそれは解消されたのだった。例の二人が坂谷に闘魂を注入している。あなたなら行ける、あなただから行ける、そんな類語をただひたすらに連呼して、間が開いて坂谷はやっと口を開く。
「わ、私とお付き合いをしてください叶さん!」
どうやら先を越されてしまった。喜びと無念が平面交差する。回答は一択である。
「僕でいいのなら、…よろしく」
拍手喝采歓迎ムード、できれば前世でお見舞いしたかったのだが、下手な欲は鎮めよう。計画がいとも|容易《たやす》く実現してしまった。それはまるで、裏工作でもあるかのように…。
彼女は最上級の満面の笑みで対応する。両手を捕まれてブンブン振り回される。腕は|捥《も》げる一歩手前だった。
…でもまだ僕は彼女を好きになれてはいない。僕は彼女を好きにならなくてはいけない。これは義務だ。確かに胸に誓ったハズだ。
ここから僕らの交際生活は幕を空けた。
それ以降は思ってたよりいつも通りで、坂谷に別れの挨拶をして帰宅して、一段落して圭に質問をしてみる。
「デートのお勧めといったら|何処《どこ》になるんだろう?」
「ま、まさか叶さん、か、彼女さんができたのですか!?」
「まぁそんな所」
「それはめでたいです!今日は御馳走を用意しましょう!」
「いや、あの、デートする場所を…」
「へ?あ、すみません!デ、デートならやっぱり水族館がベタですね」
うん、ベタだ。どうやらどの時代も、カップルが行き着く先は同じらしい。動物愛護の壁は破壊できたのか?コンプラとかは非常に厳しそうだけど…。僕は言葉を返す。
「水族館は昔から定番ですね」
「昔…?」
「あ、なんか昔本で、はい」
「じゃあ今回、私からお小遣いを渡しましょう!」
「いやそれは、第一そんな歳もそんな離れてないんだし、僕にも…その…あの…プライドが…」
ニヤリと彼女はほくそ笑み、こう告げる。
「可愛いところありますね。分かりました。じゃあこうしましょ。じゃあ私に付き合ってください。そしたら就労手当てを支給します。勿論私ではなく党としての。これなら文句無いでしょう」
文言が一文字違いで愛の告白になるものだったので、身体が一瞬ビクついたが、瞬時に勘違いを悟ることとなった。
「分かりました引き受けましょう。ところで僕は何をするべきですか?」
「デートです」
僕は今、歳上(立場的)の少女に誑《たぶら》かされたようだ。頭が狂っている。夏の残暑にやられたか。こういう彼女の嗜好なのか。意味は分からないというか分かんなくていい。僕に拒否権は無いに等しい。
「僕を誑かしているんですか?」
「そんなわけないでしょう。叶さん、連絡手段持って無いでしょ?だからトッチを一緒に見に行こうってことです。別に彼女や私と連絡つかなくなって独り身で孤独死したいなら、それでもいいですけど」
「あ、あ、すみませんでした。でもお金は…」
「そこまでお金に執着するなら、出世払いでも構いませんよ」
彼女に若干呆れられてしまった。だからではないけど、一応謝罪はした。…言葉の綾はあったと思うんだけどな。そういえばトッチの話題は、すっかり記憶の遥か彼方に吹っ飛んでいた。僕の一言一言をしっかり覚えている。やっぱ彼女は人妻、いやそれ以上の、いわば献身家だ。
デートは翌々日に挙行した。学校帰りにマンションの入口で待ち合わせた。
そこにいた圭は髪を一つに結んで、近くにいると少し化粧品の香りもした。おめかしした彼女は、ただの国民であることに違和感さえ覚させる。少し背丈は低くて、でも姿勢はやっぱり抜群にいい。加えて女子としての矜持(男の勝手な主観)も備わっている。恐らく彼女への妬みや文句は、彼女を前にすると大体突き返されて無効化されるのだろう。
本当に可愛いとは常々思う。前世で最初からこの世界線を選べたなら、僕はこっちを選んだと思う。可愛いは幸福の結集だ。
少し歩いてトッチショップについた。言うまでもなくスマホは淘汰された。タブレットはオークションで高値が付くそう。トッチは映写する都合で他人に見られそうな気もするが、その点はどう改善されているのか。入店すると圭が話し始める。
「久しぶりに来たなぁ。あ、このトッチが新型だ!いかにもな最先端の機種って感じの、シックな雰囲気ね」
その新型トッチさんの値札を一読する。どれどれ。うん。……うん?………うんんん???
トッチ TC-34 900,000円(税+20%)
…90万円、…きゅうじゅうまんえん
桁が一桁誤記されているようだ。税率も同様。そうだ、そうに違いない。気を取り直して横の値札に目をやる。なんと今度は桁が七桁に繰り上がっていた。絶句してこんな言葉が出た。
「高杉謙信」
「ふぇ?」
「こんな高価なもの、いや、あのその…手に取るのも|憚《はば》られる」
「…90万は多分妥当ですよ?ほら、時給とかみても」
壁には就労募集のポスターが貼ってあった。パートの時給は8500円だった。僕が死んでいた間に、日本は相当インフレしたのだろう。でもやはり僕はこう口にした。
「…かなり安いやつでお願いします」
「私が選びますから心配ご無用」
結局70万円のお買い上げだった。僕の買い物史上、過去最高|値《ね》を更新した。今の僕を四文字で表すなら、放心状態だ。返せる見込みはありそうだが、途方もなく感じる。
実はこの70万に眼鏡も含まれていた。これでバーチャル空間でも視認して、文字やら何やらをバレずに操るのだろう。ただこれだとこの世の男子諸君は、どうやってハッスルするのだろうか。まさか紙媒体に戻っていたりして…。
使い方は2日もあれば覚えることは楽勝だった。みんな眼鏡を掛けないのは、そもそも今世の現代人は、トッチを人前でさほど操作しないのだそう。景色を見て紙媒体の本を読んで、トッチで簡単な調べものや時事の収集を行う、いずれかだ。
とはいえ若者は、よくその眼鏡を身に付けている。SNSは依然として即時性に|長《た》けており、繋がりを求める若者の居場所として、重宝されているようだ。人もSNSからは簡単には抜け出せなかった。
僕も圭とSNSとメールを繋いだ。女性との連絡先交換は、職場関連以外で前例がない。だから電話帳の枠に、圭の名と電話番号的な奴が書き込まれていて、僕は目新しさに口をポカンと開けていた。
圭は僕に一言もの申す。
「明日は絶対交換するんですよ、連絡先」
「それはもちろん」
圭の説明もあり、夢花とは連絡先が繋がった。彼女は僕の名前が挿入されたことに、目を|煌《きら》めかせていた。純粋とはつまりこのことを指すのだ。僕にもそんな時代があったのだろう。
一応中身は20年とか人生の先輩なんで、何でも頼ってほしい所だが、その前に彼女の家庭がどうにかしてしまうと思う。
一路最短破局コースへの進路も見えている。だから早くから彼女に僕を想わせ続け、僕も彼女を想うようにすればいい。交際経験が無いだけで、僕だって少しは色恋に片足突っ込んだことはある。
やろう。徹底的に。
そして潰そう。壊滅的に。
…交際してから恋するってやっぱ馬鹿げてるよな。
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