第5話:奪われた笑顔
放課後の教室。窓から差し込む夕日が、机の影を長く伸ばしていた。
ユイナは静かに、前の席の少女を見つめていた。
少女の名前はサヤ。
かつてはよく笑う、少しおしゃべりなクラスメイトだった。
だが、今の彼女の顔には――笑顔の仮面が張りついていた。
マスクは白く、頬が引きつるほどの笑顔を模している。
その歪んだ笑みに、目だけが感情を失っていた。
「サヤ……もう、それ外したほうがいい」
ユイナが声をかけると、彼女は首を傾けながら笑ったまま近づいてくる。
「なに言ってるの、ユイナちゃん。“笑ってれば、幸せになれる”って、そういうマスクなんだよ?」
教室の扉がバタンと閉まり、空気が重くなる。
サヤのマスクがわずかに震え、表情筋のように伸びた笑顔の縁から、音波のような力が放たれた。
椅子が吹き飛び、ガラスが振動する。
“感情増幅型マスク”――笑顔という形に見せかけて、音を武器にした中距離タイプ。
ユイナは机の影に飛び込み、身体を低くしながら手をかざした。
「サイトピア」
視界が反転し、マスクの“内部構造”が浮かび上がる。
サヤのマスクの内側には、失った「本当の笑顔」が歪み、外側に押し出されていた。
次の瞬間、サヤが跳躍。
スカートの裾がふわりと舞い、足首からエネルギーの輪が走る。
彼女の制服は一部が変質し、マスクのスーツに近い“強化モード”に変化していた。
ユイナは足場を蹴って黒板側へ飛ぶ。
その途中、鞄の中からマスクホルダーを取り出し、セレスティアルマスクを左手に装備。
光が収束する。
「サイトブレイク」
エネルギーが一直線に走り、サヤのマスクの“目元”に命中。
笑顔が一瞬だけひずみ、音波が乱れる。
その隙にユイナは前へ踏み込む。
右腕をまっすぐ突き出し、サヤの胸元に触れる。
衝撃。
感情の渦が、直接流れ込んできた。
悲しみ、不安、拒絶、そして――怒り。
笑顔のマスクに覆われていたそれは、すべてを押し込めた末の“偽り”だった。
ユイナの目に光が走り、マスクにヒビが走る。
「もう、笑わなくていいよ。苦しいときは、苦しいって言ってよ」
マスクが崩れ、サヤの身体が静かに床に落ちる。
破片となった仮面が、光となってユイナの手に吸収されていく。
教室は再び静けさを取り戻した。
だがユイナは、胸の奥に冷たいものを感じていた。
この戦いは、ただの勝利ではなかった。
彼女はひとつ、確かに“救った”のだ。
だが同時に、他人の“仮面”を壊したという罪悪感も、彼女の背中に貼りついていた。