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今日の天気は天。
午前中から葛の花が降る。
「朝帰りですか?」と、川の辺を通り掛かった折り、声をかけられた。
見ると、花やかな笑みを装った宇彌がいる。
しかしこの笑顔、どう見ても能面の類だろう。
すごく佳い笑顔なのに、柔らかさが少しも感じられない。 完全に怒ってる。
「家で待ってりゃいいのに……」
「朝帰りですか?」
「う? や、沖がほれ、なかなか帰してくんなくて」
「へぇ……?」
男社会は、今際の幻。
女社会は、末期の恋。
男女の仲は、やはり対等が望ましい。
誰も出迎えなんぞ望んでない。
「さっさと帰ろう。 朝飯は」
「あなたの当番です。 今日は」
「あ、そうだっけ?」
「すこし、歩きませんか?」
「あ? いいけど、お腹空いてないの?」
「もう食べました」
「は? あ……、そう?」
たまには、ふたりで肩を並べて歩くのも悪くはない。
「自分で拵えました。 あなたがすっぽかしたので」
「………………」
悪くはないが、生きた心地を得ない散歩というのも、なかなか洒落にならないのである。
否さ、これはこれで乙なものか。
もちろん、怪奇趣味とは違う。
「お花、綺麗ですね?」
「ん? あぁ、そうな?」
「私とどちらが綺麗です?」
「はい?」
花降る川沿いをゆったりと行き、天を摩る神木を左に見て、橋のほうへ向かう。
この場所がまた、天上でも稀に見る景勝地で、日を追うごとに観光客が増えている。
しかし、いまは早朝のため、まだまだ静かなものだ。
朝霧が立つ橋の上に、余人の姿はなく、等間隔で並ぶ燈籠が、暁の風情をほのぼのと彩っていた。
「ほれ、車」
「お? 紳士です?」
「ん……」
彼女の身を歩道側に押し込んだところ、どうにも嬉しそうな反応があった。
別に轢かれてどうこうなるものでは無いが、それはそれ。 気分の問題だ。
時おり通過する自動車は、この辺りに軒を連ねる割烹のもの。
最初の頃は、“こっち”に来てまで商売かいと笑ったが、あれがあの人らの実なら、それも善いんだろう。
生き急いでる者など、一人も居やしない。
川上から現れた船頭が、橋の下をきぃきぃと通り、朝ぼらけの霧立つ向こうへ消えていった。