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「それにしても、化物退治……」
「うん?」
「や、楽しそう……、とは言えないか?」
「まぁ、言っちゃダメかもね? 閻魔は、特に」
不謹慎という言葉が、果たして相応しいものかは知らない。
立場上、切った張ったのお転婆を控えるようになって、もう久しい。
その内、また前線に立つ機会があればなとは思う。
「そういえば、相棒ちゃんは? 今日」
「小烏は……、どこ行ったかな? そういえば」
ふと、廊下の向こうから、ものすごい勢いで駆けてくる矮躯があった。
「“羽”ちゃん!」と呼ぶと、烈火の形相がこちらをギロリと見る。
「あいつ! あいつドコ行きやがった!?」
「あいつ?」
「小烏! 弟! くされ弟!!」
「あの子、なにかした?」
「なにか…ッ! お? よぉクズ! クズじゃねぇか!」
「その呼び方、どうかと思うよ?」
「今日も来てたんか?」
基本的には快活な彼であるから、機嫌を切り替えるのも早い。
まぁ、気分の浮き沈みが激しいとも言えるか。 これはもちろん、以前と変わらない。
小柄な体には、飾りけのない法服。
この衣装がまた、割りと様になっており、普段のムスッとした表情に、殊の外よく似合う。
ともあれ、回りくどい言い方を抜きにすれば、“かわいい!”の一語で片は付くのだけど。
「で? 書記官殿はなにを怒ってるん? あ、ひょっとして何かした? うちの子」
「なにかってお前! これ見ろオイ! どうしてくれんだお前これ!!」
彼が興奮気味に見せつけた書類は、閻魔庁が取り扱う調書の束だ。
項目ごとに裁判の記録を認めているのだけど、外枠を囲うようにお花の絵がならび、余白には手をつないだ子どもの絵が描かれていた。
「よく描けてる……」
「くそったれ! 今日こそシバく! あの野郎シバく!!」
勢い込んで駆けてゆく背中に、「ケンカは駄目だよ!」と声をかけるものの、効果があるのかは知れない。
あれも、ひとつのスキンシップと呼べるのかも。
「そういえば、化物」
「うん?」
「化物ってさ? 実際には、どんな感じ?」
私が問うと、姉は嫋やかな喉をコクリと鳴らした後、眉根をかすかに歪めて言った。
「色んなのがいるよ? 大きいヤツから小さいヤツ。 あぁ、昨日のは蜘蛛の化物だった」
「うげ? 蜘蛛?」
「ん。 おっきな蜘蛛」
「うえ~」
口ではそう唱えるものの、はて蜘蛛の化物とはどんな風に渡り合おうかなと皮算用を始める辺り、荒事に対する私の執着も、まだまだ衰えてない。
しかし、身軽でない立場というのは、本当に肩が凝っていけない。
はたらき蟻の真価に花を見た父の心根が、今となってはよく解る。
「思えば遠くまで来たもんだって、思うことある?」
「む……?」
柄にもなく、姉が持って回った言い方をした。
こちらを気遣ってのことだろうか。妙に居心地が悪い。
現在地を把握するには、どうしても己の始点に目を向ける必要がある。
私の始まりは、深い深い地獄の底だった。
かの地を統べる“本家”の息女として、私は否応なしに生を受けた。
自分で言うのも面映いが、本来なら箱入り娘として、蝶よ花よと育てられて然るべきだったのだと思う。 たとえ、場所柄がどうであれ。
けれども、私の出自は少しばかり特殊だった。
父は名にし負う天の大神。母は一代で彼の地を平定した鬼神、抜山蓋世の女帝である。
“純血”を尊ぶ精神が、あの地にどれほど根付いていたのか、今となっては知る由もない。
そもそも、六界の何物よりも荒事に長けた鬼が、そういった上等な価値観を果たして持ちうるものか。
ただ、たしかな悪意はあった。
それはひょっとすると、貴人に対する羨望であったのかも知れない。
図らずも女帝の威を傘に着る“姫”に対しての、妬みや嫉みの類であったのかも知れない。
あるいはもっとシンプルに、天の神に対する純粋な敵愾心だったのかも。
だからワタシは、悪意に対して同じでもので応じた。来る日も来る日も。
「地獄をひっくり返した御伽噺の化物」
「ん……、やめて。マジで」
「恥ずい?あれみたいな感じか?ほれ、元ヤンが昔を振り返って」
「現役のヒトに言われたくないんだけど」
あれから現在に到るまで、本当に色んな事があったけど、ひとつだけ言えることがある。
「でも、地獄じゃないんだよね。私の始まり」
「うん? あぁ……」
旅の始点なんてものは、安易に“ここだ”と線引きするものじゃないと思う。
断定して決めつけるんじゃなく、何となく“ここなのかな”と思えるところ。
「ふわっとした話だね?なんつーか」
「かもね」
「まぁでも、なんか分かるよ」
弾みをつけて腰を上げた姉は、子どものようにニッカリと笑った。
「その方があんたらしいよ。穂葉ちゃん!」